繋がらない権利

2020年9月23日Slow News Report


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速水:Slow News Report今日はスタジオに働き方評論家の常見陽平さんにお越しいただいています。今日は働き方と“繋がっていること”の問題をテーマにしたいんですが、“繋がらない権利”という言葉、聞き慣れない言葉ですが、これはどういったものなんでしょうか。


繋がらない権利とは?

常見:これは2016年にフランスで始まったもので、簡単に言うと休日など業務時間外に会社からの連絡に出なくてもいい権利ということです。フランスで導入されて、欧米諸国に少しずつ国単位、あるいは都市単位で広がっている制度ですね。

速水:フランスではどういうことが動きとしてあるんですか。

常見:これちょっと誤解されているんですけれども、国がこうしろと必ずしも言っているわけではなくて、労使協定を結んで各社ごとに繋がらない権利とは何かということが決まっていくということなんです。

速水:なるほど権利って言っちゃうと何か大きい法律で規定されていて、その中で全員がこうしなきゃということかと思ってしまいますが、そうではなくて個々の労働者と企業の間の契約なんですね。じゃあ個々の裁量に任されている部分がありながらも、考え方としては休みの日に仕事の電話を取らないみたいな事を皆で共有していこうという流れですなんですね。

常見:そういうことですね。でも元々の考え方として、働きすぎの是正ということで、実は2000年代頭の携帯電話やインターネットが一般に普及し始めた頃から議論されているんです。もっと言うと、別にこれは携帯電話やネットということと関係なく、とにかく業務時間外に仕事をしない、させないという考え方で広がってきたということなんです。それはテレワークも関係なく検討されたということなんですね。

速水:これ日本ではどうなんでしょうか。

常見:日本では法律として繋がらない権利というものがあるわけではないんです。ですが二つの流れがあって、一つは日本の今の労働法の枠組みでも業務時間外に仕事をさせるということ自体がそもそも違うんじゃないかということ、もう一つが各企業単位で繋がらない権利的な制度が始まっているということなんですね。

速水:電話がかかってきて、出ちゃったら残業になってしまうなら、電話に出なきゃいいじゃんという、個人の問題じゃないの?というような疑問もありますよね。

常見:これがなかなか難しいところで、個人の仕事のルールのようで、例えば社内の連絡及び会社の外からの連絡というものがあるわけなんですね。

速水:そこをまず分けるとして、例えば社外のお客様から電話がかかってきたものに関して、自分の判断で業務時間外なので出ませんよってなかなかできないですよね。

常見:だからそこは会社の制度として打ち出しておくかどうか。会社として、部署としてというところが一つ問題になるわけです。

速水:お客さんであろうが対応しませんよと会社が言ってくれないと、個々の社員は自分で断れないということですか。

常見:そういうことですね。あるいはその時間に電話を落としてしまうですとか。業務時間外に電話をかけても“本日の業務は終了しました”って流れるじゃないですか。

速水:ただそこは完全にカスタマーサービスの部分ですけど、営業マンが個々に繋がっているお客様から言われた時には対応せざるを得ないみたいなことはありますよね。

常見:それにどこまで対応するかということは、なかなかすぐには難しいところで、個人で主張してもうまく届かないことがあるから、やっぱり会社として打ち出すかどうかということですね。

速水:そこは会社が責任をもって「こういう世の中ですから」という方向で行けばいいですよね。例えば6時過ぎたらパソコンが一切使えなくなるみたいなことで対応している会社も結構ありますよね。

常見:ありますね。実はそれは繋がらない権利とは別文脈で、ここ数年で盛り上がった働き方改革、企業レベルのものから国を挙げたレベルのものまでありましたけれども、その流れで勤務時間外になったらパソコンを繋がらなくなるですとか、あと面白い仕組みとしては、内線が全部スマホになっていて、業務時間外になるとスマホの発信ボタンが押せなくなる会社とかあるんですね。


繋がっていないと不便なことも?

速水:メッセージを一つ読みます。「繋がらない権利があるのであれば一千万円でも安いです。買いたいです。仕事のスマホが鳴らないのは年末年始ぐらいなので、何もかも忘れてアメーバのようになりたいと思う日々です」 と頂いていますが、やっぱり繋がらないと楽という声もありますけど、僕なんかは不便じゃないかと思うんですよね。

常見:そこが実は大きな議論で、繋がっていた方が労働時間が減るんじゃないかという考えの方もいると思うんですよね。

速水:例えば内線を切られてしまった会社で、どうしても緊急の話で隣の部署と連絡をしなきゃいけないとか、担当者を呼び出さなきゃいけないという時に手間が増えますよね。

常見:まぁ結局そうなりますよね。だからそれを制度として導入するだけじゃなくて、いかに風土として根付かせるかというところが人事担当者、経営企画担当者の腕の見せ所というところなんですね。

速水:ただ一方で、ワーケーションなんて遊びに行く先でも最低限の連絡がとれれば仕事できちゃうんだからという、矛盾している考え方もありますよね。

常見:実は今、繋がらない権利に限らず、そして日本だけじゃなくて世界レベルで起っているのが、自由で柔軟な働き方によりワークライフバランスを実現するという考え方。一方で、それによってますます長時間労働が誘発されるんじゃないかということもあるし、そもそも労働時間に関する考え方をどうするかということがやっぱりポイントなんですよね。やっぱり繋ががらないことによって健康を守るという考え方もあるんですが、先ほどの方もスマートフォンがいつも鳴って怖いということですけれども、幻想振動症候群という症状が指摘されているんですよ。それはいつも“スマホが鳴っているかもしれない”みたいな。

速水:わかります!それ。

常見:僕も営業をやっていた頃、携帯電話がスマホになる前からそういうことが怖かったんですけども、もう一つ考え方として、ビジネスにピュアに集中する時間、例えば原稿に集中するとか企画書を書きたいとか、そのために業務時間内の繋がらない権利というものも今議論されているんですね。

速水:それも分かります。常見さんは電話をしたらワンコールで出るそうですね。僕は締め切りとか催促されるのが怖いのでついつい逃げちゃって、2日過ぎているんだけど速水さん連絡繋がらないみたいなことになっちゃうタイプなんですけど、常見さん絶対出るでしょ。


仕事は一人でしているわけじゃないということ

常見:僕は基本的にメールと電話は即レスなんですよ。その時間、その瞬間メールくれた人は稼働しているわけだから、すぐレスをするんです。もちろん家族といるときは家族を優先するし、逆に言うと後から気付いたメールは週末の場合は絶対返信しないというルールを定めてるんです。それはその人たちが週末に繋がってしまうから。僕が即レス即電話するのは、すぐ対応したほうがその人の休む時間が増えるんじゃないかとか、労働時間が減るんじゃないかということなんです。大事なのは仕事って自分だけでしているんじゃないだぞということです。やっぱり自分の仕事の進め方で、間接的に社会のみんなを苦しめているんじゃないかみたいなことはあるわけなんですね。

速水:メールを一通ご紹介します。「トラブルがあると、電話はそんなにかかってこないけどメールが来ます。モバイルワークどこでも仕事ができるということで、舞台を見終わる直前、終わった側から iPad で自らメールチェックして、長期休暇でも気になってしまいます。休み明けの未読メール数がエグぐいから」というメッセージです。常見さんのレスが早いというのは溜め込まないということですよね。

常見:溜め込まないですね。僕の受信トレイって常に空なんですよ。受信トレイにメールが残っているかどうかが、仕事があとどれくらい残っているかというバロメーターになってるんですよね。

速水:ちなみに僕の iPhone の未読件数47804件です。

常見:凄まじいですね。一生かかっても読めないんじゃないですか。

速水:なるべく早く返す方がむしろ負担が少ないというのはあるかもしれないですね。もう一つメッセージです。「うちの旦那さんは休みの日だろうが旅行中だろうが構わず一日中電話がかかってきます。夏休み信州の山の上に居る時にもかかってきました。家で休んでいる日もすぐ電話が鳴るので、トイレにも電話を持って入っています」という家族の問題でもあるわけですね。

常見:そうですね。家族にも影響を与えていますよね。

速水:これさっき常見さんが言っていた、“相手があってのこと”という話ですよね。例えば日本でもフランスのように法律で“繋がらない権利”みたいなことをやっていくとなると、例えば会社ごとに残業しないような工夫みたいなものを過剰にやる部分ってあるじゃないですか。

常見:そうですね。だから結局そこって権利なのか義務なのかという問題なんですね。結局そこで格差が生まれているっていうのもあるんですよね。例えばテレワークの普及にしろ、有給取得率にしろ、基本的に大手の方が多くて中堅中小企業って少ない。プレミアムフライデーも大手の方がよく活用していて、ワーケーションもおそらくそうなるだろうという原稿をちょうど今書いてるんですけどね。

速水:ワーケーションに関しても常見さんは非常に関心を持って取材してるんですよね。 ワーケーションも問題があるものとして常見さんは考えているんでしょうか。

常見:やりようによるというところだと思うんです。ワーケーションというのは、そもそもワークとバケーションを兼ねたものですけど、新型コロナウイルスで意味が変わっちゃったというのが一番の問題なんですよ。元々あれは JAL という会社の社内の働き方改革だったんです。有休を取っていて、でもちょっとだけ仕事がある事ってあるじゃないですか。この会議だけは出ないといけないとか。その時にテレワークで出るということだったんですけれども、新型コロナウイルスショックの後、特に当時の官房長官が旗振りをしたりして、インバウンド観光が少なくなった部分の旅行業界を救えという政策にすりかわっちゃったんですよね。これは非常に問題だなと思っています。休み方の話だったのが働かせ方の話にすりかわっちゃってるんです。

速水:なるほど。自由な働き方みたいなものを進めようとすればするほど不自由になるみたいな。

常見:そういうことなんです。そこのジレンマと今戦っていると思いますね。


自分の仕事のルールを作っていかに浸透させるかが重要

速水:そして企業がどうするかという話で言うと、企業も自分たちの会社の働き方の理念みたいなものが今非常に求められている部分があり、あと個人の部分ですよね。

常見:そうですね。個人でいかにルールを作っていくか、それをどう浸透させるかということが大事なのと、なにせ働きすぎから身を守るという工夫が大事な時代です。とくに新型コロナウイルスショックが働き方を変えちゃったところがあって、常時接続と聞いて皆さんが今想起するのは、スマートフォンだけじゃなくて、テレワークそのものだと思うんですよね。テレワークって今までは事情のある人が申請ベースで使うものだったんですよ。それが国や自治体、あるいは企業がこうやりなさいと言って強制型のものになっている。だから通勤時間はなくなったんだけれども、そのぶん常時接続で仕事が増えていくみたいな状態になっていくし、それはツールとして監視も可能なんですよね。それは今ハラスメントだということなっていて、リモハラとか言われているんですけれどもね。

速水:その辺も常見さんは色々事例を集めているんですか。

常見:うちの妻がまさにテレワークでハッピーにみたいな事例とは真逆の道を歩んでいます。テレワークになって通勤時間が1時間ずつ往復2時間減ったんですけど、そのぶん労働時間が1日3時間増えていて、1時間増えているぞという(笑)しかもいつでも営業担当者やタッフが捕まるようになって密度が濃くなっているんです。今までだったら営業担当者が客先に行っていて捕まらなかったりしたのが、常時接続になってしまった。

速水:それが常時接続問題ですね。一方で常見さんみたいに働き方評論家としての部分と大学で教えているというような、複数の仕事をマルチにこなしている人たちがいますよね。コロナ以前からそういう働き方もありだよとなっていたじゃないですか。そういう人達にとってみると、なおさら時間の切り分けが難しくなっていますよね。

常見:そこの考え方が今非常に多様化していて、その人たちって切り分けという概念すら無いんですよね。とにかく A 案件 B 案件 C案件全部含めて仕事だし、一緒に進めるとそこで化学反応が起こるだろうとか、ひょっとしたらコラボレーションも生まれるでしょうと考えるし、一方でそれは傍から見ていたら労働強化そのものですよね。だからそれをイエスと言う人とノーと言う人といて、その中で管理できる人、守られる人、そうじゃない人の差が問題だと思います。

速水:今の話を聞いていると、やっぱりこの問題の根本的な被害を受ける人達って、上司から土日に電話がかかってくる仕事に関して対応せざるを得ない従来型の雇用の人たちのほうですかね。

常見:従来型もそうですし、フリーランスの人はそもそも労働時間という概念がないから、そこでディフェンスできない人は繋がりっぱなしになる。また、上司が部下に仕事を振っていると言うけど、実は一番仕事やっているのは上司だったりするんですよね。判断を求められるとか、カバーを求められるとか。時短ハラスメントというんですけれども、今は労働時間を減らせということが上司に丸投げになっていて、上司が過重労働になっているという現状も見受けられますね。

速水:それをどう解決するかというのは個々の事例によって違うと思うんですが、まず何から対処して変えていけばいいのでしょうか。

常見:これ難しいんですけど、一つのヒントは僕らの小学校の頃に流行った渡辺美里の「My Revolution」にあると思っていて、自分の働き方革命を起こすということです!実は働き方改革の本を書いた時も提唱したんですが、予約の取れない寿司屋モデルを目指せと僕は言っているんですよ。そういう寿司屋さんって自分が主導権を持っていて、嫌な客は断りますよね。もっと言うと自分定休日モデルというか、あの店はこの日とこの日は定休日だよねというように、あの人はこの時間に仕事を頼んでもダメだからねという個々人の仕事のルールを作って、それを組織、あるいは取引先も含めて浸透させていくというのは一つの解決策だなと思いますね。

速水:なるほど一言で解決策を言うなら「My Revolution」

常見:My Revolution そしてそれを言えるようになれということで 最近 Twitter でバズった Get Wild ということですね。労働者を主張するGet Wildでいこうということですね。

速水:先に言ってくれれば曲もかかったのに(笑)今日は反響も多い中、繋がらない権利についてお話しを伺いました。結局最後は自分で解決することがまず必要なのかもしれませんね。

常見:でも労働者として労働組合なんかをうまく使ってということと、法律の枠組み、両方の流れが必要だと思いますね。

速水:今日は働き方評論家 常見陽平さんをお迎えしました。どうもありがとうございました。