ドキュメンタリー映画「はりぼて」

2020年9月16日Slow News Report


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速水:Slow News Report 今日はローカルテレビ局から生まれたドキュメンタリー映画「はりぼて」を通じて、調査報道の舞台裏の話をお伺いしたいと思います。富山県のローカルテレビ局チューリップテレビの砂沢智史さんにお話を伺います。砂沢さんは、現在は別部署ということなんですが、チューリップテレビの記者、そして今日のテーマとなる現在公開中の映画「はりぼて」の監督でもあります。「はりぼて」は富山市の市議会で起きた政務活動費の不正をめぐるスクープ、そしてその後を追ったドキュメンタリー映画なんですが、まずこの事件自体がどういうものだったのか、教えていただいていいでしょうか。


政務活動費の不正で議員の1/3以上が辞職した富山市議会

砂沢:この事件はもともと2016年に起きた事件なんですが、もともと月額60万円、年収で約1千万円の議員報酬をさらに月額10万円上乗せして70万円まで引き上げるという話から、その後の政務活動費の不正までつながった事件です。

速水:砂沢さんご自身が記者として取材をされたということなんですが、具体的にどうやって調査したんでしょうか。

砂沢:報酬を引き上げるという問題を取材した時に、議員たちの活動がその報酬に見合っているのかということをちゃんと調べたいと思ったんですね。その時に、議員の活動を支える経費である政務活動費を調べれば、彼らがどんなことにお金を使って、どんな活動をしているのかが見えると思ったんです。それでこの伝票を取り寄せたんですけれども 、結果から言うと資料があまりにも大量で、調査した後に資料が届いたので間に合わなかったんです。

速水:取材は何人でされていたんでしょうか。

砂沢:私と先輩と基本的には二人で調査を始めたという状況ですね。

速水:なるほど、じゃあ間に合わず議員報酬が上がる条例が通ってしまったわけですね。でもそれがきっかけになって政務活動費のことにぶち当たるということですよね。

砂沢:そうですね。伝票を取り寄せてみて、たくさん経費もかかっているし、この中からどんな活動をしているのか、議員を批判的に見てみようということもあって調べていたんです。すると私たちが政務活動費を調べているという情報が議会の関係者に漏れていまして、私たちが調べていることを知った関係者から「実はある議員が印刷代で不正をしているんだ」という情報を僕たちに提供してくれて、そこから政務活動費の不正を暴く取材にシフトしたという感じですね。

速水:なぜ取材をしていることが議員たちにばれてしまったんでしょうか。

砂沢:まあ議会事務局の職員が議員たちに忖度した形で伝えてしまったんですね。それが内部で広がっていったという感じだと思います。

速水:その経緯は実は映画の中でも描かれているわけなんですが、映画の中で砂沢さんご自身もちろん取材に行くシーンで登場しているわけなんですが、この中で最初のターゲットとなる中川議員、この方は市議のボスという感じの方なわけですよね。

砂沢:そうですね。

速水:どういう取材の仕方をするんでしょうか。会いに行くわけですよね。

砂沢:いや、基本的には会いに行くのは証拠を固めた後と決めていました。なので基本的には伝票をただ何度も何度もめくって調べていくという感じです。その伝票には誰が使ったかというのは書いていないので、ほとんどヒントが無いんですが、ただその中に添付されている資料がありまして、そこには「市民に対する報告会を開いて、そのための資料を作る印刷代を出した」という伝票になっているんです。それで、その講演会の講師が中川さんと書いてあるものだけをピックアップしまして、その伝票の印刷会社がどこだったかとか、その領収書を書いた筆跡がどういったものか、例えば中川さんが別に書いたものの文字とかを合わせてみて似ているかどうかとか、そういった形でとにかくありとあらゆる調査をしてみたという感じですね。

速水:なるほどその中でこれはおかしいぞというものを持って本人に突きつけに砂沢さんご本人が行く場面がありますよね。あれはどうだったんでしょうか。調査しているということは知られているし、けんもほろろみたいな感じなんですか。

砂沢:それがですね、僕らは朝早く8時頃に急にピンポンと押して行ったんですが、待ち構えているというか、結構余裕がある形で対応されたという状況ですね。

速水:その中で「どういうことなんですか?」と聞くわけですよね。

砂沢:そうですね。一つ一つこの会場で市政報告会を開いて「資料を配ったことになっているんだけれども、その公民館に行ってみると開かれていなかったということだったんですが、どういうことですか?」という感じですね。この時は1年間に4回市政報告会を開いていまして、その4回全ては場所を変えてやっているという話だったんですね。この時点でもちょっと怪しいなとは思ったんですけれども、ただ堂々とそう答えられたからには、じゃあその別の場所に取材に行ってみようと思ってですね、その場所に行ったんです。それでその市政報告会の参加者に会うことができたんですが、その人の証言では、そんな市政の報告会なんかなかったという証言も出てきたんですね。

速水:これは市政報告会という名のもとに別のことをしていたんですか。

砂沢:これは地域の町内会長たちの飲み会が行われていて、「そういう場で難しい話をしても盛り上がらないから」みたいな証言が出ました。

速水:基本的にこれは飲み会だったし、その取材に行った場所というのが料亭だったんですよね。

砂沢:そうですね。

速水:まさにこの取材がきっかけになって、結局市議会の1/3以上14人が辞職するということになりました。さすがにこの件に関しては全国的なニュースとして大騒ぎになったわけですが、他に印象に残っている場面なんかありますか。

砂沢:二人目の議員の不正が分かった時というのが一番印象に残っています。一人目の議員ももちろん実力者ということで注目を集めたんですが、一人目の議員が自らの不正を自分で告白した翌日に、二人目の議員の不正をチューリップテレビが報道することができたんですね。その時に富山県内のメディアが、この不正は一人二人ではすまないんじゃないかということで取材が一気に加速したと感じてますね。


政務活動費の不正使用報道のその後

速水:一通メッセージが来ていたので質問に答えて頂いてよろしいでしょうか。「私はケーブルテレビに勤めているので、この映画に興味があり来週横浜に見に行く予定です。地方ローカルテレビ局にとって市議会は重要な情報源でもあるけど、今回のような忖度のない不正の追及には相当なエネルギーを費やしたと思います。取材の原動力って何だったんでしょうか。そして報道で納税者である視聴者の市議会への関心が高まったという実感はありますか」という二つの質問が来ていますが、原動力と市民の反応いかがでしょうか。

砂沢:やっぱり原動力というのは、興味関心というか、自分が純粋に知りたいことをそのまま順番通り聞いたり調べていったということでしたね。

速水:なるほど。そして二人目の不正の報道からは各社も取材に行くし市民の関心も高まったわけですよね。

砂沢:そうですね。うちの会社だけに限らず、全てのテレビ局が必ず富山市議会のニュースを毎日流すような形で、それこそ富山県内のニュースは富山市議会の話題で溢れているような状況でした。ただあまりにも不正が多すぎて、市民の関心が高まった後に議会に対する関心がむしろ下がったというか、失望感が高まったんですね。その後選挙もあったんですけれども、投票率が26%と非常に低い数字が出て、これが多分市民の本音なんだろうなと感じます。

速水:ただこの報道の結果、選挙にも反映された部分が大きかったわけですよね。

砂沢:そうですね。不正前と比べて約半数の議員が入れ替わった形にはなりました。

速水:その一方で、映画の中でも映されていたと思うんですが、政務活動費の不正がどんどん明らかになっていく中で、自分たちもやっていたという人たちが「すいません、やっていました」と謝れば辞めなくてもいいでしょう?みたいな感じになっていったそうですね。

砂沢:そうですね。もちろん不正の度合いには、領収書を自分で書いた架空請求もあれば、本来使ってはいけない使途に使っていたというものまで、程度の違いはあったんですけれども、潔く辞めていった議員もいれば、中には粘った議員もいたんですね。その後選挙もあったりしたんですけれども、やめなかった議員は結局勝ったんですよ。ところが潔く辞めてもう一度選挙に向かった議員は負けてしまったということがあって、これは辞めない方が得なんだというような風潮が生まれたような気がしますね。


地元の人は笑えなかった

速水:映画自体の反響はいかがでしたか。

砂沢:東京、大阪、名古屋という形で大都市から順に上映されていますが、映画自体をコメディタッチで作っているというのもあるので、やはり笑いが生まれたり、非常に評価は高かったんですけれども、地元のチューリップテレビの中で社員に向けて開いた上映会ですとか、富山県内のマスコミ向けの試写会では笑いは生まれないんですね。やっぱり見る人の立場によって見え方が違うんだなということをすごく実感していますね。

速水:地元の人から直接感想を言われる時って、ちょっと背中に汗かく感じですか。

砂沢:やはり地元の人は事件の全容を知っている中で、またこの事件をむし返さなきゃいけないのかという批判もされたりするんだろうなとか、そういう不安は大きいですね。

速水:これはドキュメンタリー映画ですけど、非常にキャラが立った人たちが何名か出てきます。その中で市長という存在も描かれていますが、この市長さんはまだ現職ですよね。映画を見ているかどうか分からないですが、どう思うんでしょうね。

砂沢:そうですね。これは議会で起こったことなので市長の管轄にはないとおっしゃるのは、それはもっともな言い分なんですけれども、ただ市民としては市の代表である市長に自分の意見をしゃべってもらいたい、考えが聴きたいというのはあると思うんです。それなのに制度論ということを繰り返されると、やはりモヤモヤするというか、それを映画の中で表現したという感じですね。

速水:また、共同監督の五百旗頭幸男さんという方が映画の中でも出て来られますが、その方をめぐるシーン、非常に話題になっている部分がありますよね。あのシーンは謎かけのように置かれていますが、なぜあそこを使おうと思ったんでしょうか。


不正をした議員を責めるだけでなく

砂沢:この映画のタイトルが「はりぼて」というタイトルなんですけれども、はりぼてなのは不正をした議員や、その議員に忖度した職員だけなのかということを考えたんです。その時に、やっぱり自分たち報道しきれなかったメディアもはりぼてなんじゃないかという思いがあったんですね。それで僕達に訪れた末路というか、そういった部分も入れることで議員たちだけを悪者にしたくない、なるべくフェアでありたいというのが僕の中にあったんです。あのシーンはなぞかけみたいな形ですべてを説明していないんですが、僕たちに起こったこともラストに入れてあるということです。

速水:そこも含めてこれは全体を考える余地があり、そして富山という非常に保守的な土地柄の話とも受け止められるんですが、他人ごとじゃないんだよというメッセージにもなってますよね。

砂沢:そうですね。やはり富山だけに特別起こったことじゃなくて、全国どこの地方議会でも起こり得ると思っています。だから自分の町でも起こり得る、もしくは起きていると考えた時にこの映画をどう感じるかというのを考えて欲しいですね。

速水:映画「はりぼて」は現在渋谷のユーロスペースで上映中ですが、この映画を作りました砂沢智史さんにお話を伺いしました。ありがとうございました。