北朝鮮の人々の目に韓国はどう映っているのか

2020年9月1日Slow News Report



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速水:Slow News Report 今日のテーマは「北朝鮮の人々の目に韓国はどう映っているのか」ということで、アジアプレス・インターナショナル 大阪オフィス代表 石丸次郎さんに北朝鮮のリアルを伝えていただきます。前回6月にも南北共同連絡事務所が爆破された直後に北朝鮮国内にいるアジアプレスの取材協力者の声をお伝えいただきましたが、その後の韓国と北朝鮮の関係はどうなっているんでしょうか。


南北共同連絡事務所爆破のその後

石丸:ちょっとおさらいをしますと、南北共同連絡事務所が爆破されたのは6月12日です。北朝鮮側は、韓国にいる脱北者団体が金正恩氏を冒涜するビラを巻いたことに対し、報復として反韓国ビラを1200万枚印刷して軍事境界線とか非武装地帯に入っていて撒く、軍事行動もするぞということで緊張が高まりましたね。ところが6月24日になって金正恩氏が突然報復活動を保留すると宣言をして、一気に北朝鮮側の韓国非難のトーンが弱まりました。その後今日まで表向きには静かな状態が続いているんですけれども、国内ではずっと韓国批判、そして文在寅大統領を名指ししてのえげつない馬耳雑言を宣伝していたということが、アジアプレスが入手した労働党の内部文章でわかりました。この北朝鮮側の反韓国ビラがなかなかえげつないものでですね、写真が公開されていたんですけれども、文在寅さんの顔写真にタバコの吸殻を入れたりしているんですね。その後内部でどんな話をしているのか、内部文書によると「共同連絡事務所を丸ごと爆破し空に吹き飛ばしたように、犬どもを無慈悲に見る影もなく叩き、最も凄惨な死を与えなければならない」とか「文在寅のやつのくちばしに糞を柄杓で注ぎこんでやりたい」とかですね、まあここまで言うかというような馬耳雑言を北朝鮮の自国民に教育をしているということがわかりました。

速水:その罵倒の言葉も、何かものすごい語彙が多いですよね。朝鮮半島独特の文化なんでしょうか。

石丸:韓国朝鮮の文化として、言葉で人を罵倒するこれを욕(ヨク)といいますけれども、そのアイディアが豊富だし、語彙も非常に豊富なんですね。それが北朝鮮で脈々と受け継がれているということがわかりますね。これを作ったのは労働党の宣伝扇動部、つまり国民にどんな思想教育をするようなことを担当する部署なんです。

速水:いわゆるプロパガンダの部署ということですね。

石丸:そこが指針書を作っています。全国にこのように韓国と文在寅大統領を名指しでけちょんけちょんに言うという教養授業をしなさいと、そういう指針の文章ですね。

速水:僕が気になった言葉では アジアプレスで手に入れた内部文書の中で「傀儡逆賊輩党」という、字面で見るとものすごく画数が多いですが、“傀儡”とか“逆賊”は分かるんですけど、なんでこんな言葉が出てくるのか、すごい不思議ですよね。

石丸:これは南北の対立の原点に戻ったような言い方なんですね。北朝鮮の立場から言うと、一つの朝鮮半島の中で文在寅大統領はアメリカの手先、操り人形だという意味で“傀儡”という言い方は昔から使っていたんです。だから対立、憎しみをあえて教育するということを今一生懸命国内ではやっているということなんです。

速水:ちょっと前まで融和が進んでいた中で、なぜこういう態度に変化したんでしょうか。


なぜ南北融和ムードから一転?

石丸:2018年に平昌オリンピックに北朝鮮側が選手を送って南北合同チームができましたね。その後3回も首脳会談をやりましたから、その時のムードを考えるとまさにもう天と地がひっくり返ったような態度ですけれども、これは二つ理由があると思います。一つは脱北者が撒いたビラが金正恩氏批判だったんです。金正恩氏は北朝鮮の中では神聖不可侵で、冒涜は絶対に許せないと。冒涜しているのを見たら黙っていては駄目だというルールがあるので、とにかく競わせて韓国、文在寅大統領を批判させるという、忠誠心競争をさせたりといったことがあるんですね。それからもう一つ、これが大事なんですけども、やはりこの2年半の間で、北朝鮮の人たちの韓国、文在寅大統領に対するイメージがものすごくアップしたんですね。つまり敵対関係にあった金正恩氏と文在寅大統領が会ってハグをして、握手して、お互いに行き来して平壌で演説までしたわけです。トップがそれをやったということは一般国民も「あれ?韓国のことこれから敵と考えなくていいんじゃないか?」とか、あるいは文在寅さんという南の指導者もなかなか良さそうだし肯定的に語ってもいいんじゃないかという、そういう雰囲気が出てきたんですね。実際、文在寅大統領は60代半ばで金正恩氏は36歳ぐらいですから、年齢の差もあります。文在寅さんはスマートだし、年上で指導力もありそうだと。しかも韓国はいろんな経済協力をすると約束をしていました。ところが北朝鮮の国民が自国内部のことを振り返ると、中国のように改革開放にも向かってくれない、全然豊かにもならない、自由さは一番世界で不自由なんじゃないかということも皆さん自覚している。そういう中で南北融和が進んで、文在寅大統領という具体的な人物が平壌まで来たということで、北朝鮮の人の心がぐっと韓国に傾いてしまったんですね。

速水:なるほど。指導者としての自分の威厳を保つために文在寅の悪口を言わねばならないということですね。

石丸:そうですね。やはり朝鮮半島に二つの分断国家があるという現実の中で、金正恩氏は自分こそがナンバーワンの唯一の指導者だと、偉大な指導者だという宣伝を自国民にしてきたわけですね。それを皆さんは比較をはじめたわけです。北朝鮮の国民は韓国が豊かだということも知っているし、文在寅大統領はスマートですごく優しそうで、いろいろ支援してくれると。下手したらもう我が国の指導者は文在寅さんでいいんじゃないかと、そういう風に思いかねないと考えたんだと思います。

速水:労働党の宣伝扇動部のそういったプロパガンダに対して、北朝鮮の国民たちはどう見ているんでしょうか。


北朝鮮国民は冷静に政府のプロパガンダを見ている

石丸:北朝鮮の国民は自国の政府が何十年もやってきたやり方をよく知っています。こういうスローガンを掲げて一気に文在寅叩きをやるということを知らんぷりすると、また批判の対象になってしまうかもしれないので表面的には一緒になってやらざるを得ない。でもこんなキャンペーンをやって、もし韓国が支援をしてくれなくなったらどうするんだとか、私たちの協力者も言っていますけれども、あんな爆破をやるなんて子供じみたことをやってどうするんだとか、割と冷静に事情を見ているように思いますね。

速水:一通メッセージを読みたいと思います。「北朝鮮の人々に韓国はどう映っているか?ですが、敵国としか見ていないと思います。私たちから見た北朝鮮はメディアを通してしか知らない北朝鮮のように、その辺も向こうも同じだと思います。さらにあちらは政府というより軍国主導国家、軍事主導国家だし、北朝鮮の人たちは幼い頃より戦時中の教育を受けているから、韓国は敵国以外の何でもないと思います」 というメッセージです。とはいえ、前回6月にお話を伺った時には、北朝鮮の中でも韓流ドラマは見られているし、韓国へのイメージ随分変わっているという話でしたよね。今はどうなっているんでしょうか。

石丸:今メッセージを送っていただいた方の印象というのはよくよく分かるんです。私たちが知っている北朝鮮の人というのは北朝鮮の国営メディアに出てくる宣伝映像に出てくる人達ですよね。いつも「将軍様万歳!」と言い、「我々は将軍様さえいれば勝負に勝っていけるんだ」と言う。そういう宣伝映像ばかりが私たちの前に流されてきました。ところが実際の北朝鮮の人たちは、そんな厳しい中でもちゃんと自分の頭で考えて情報収集をしている人たちなんですね。その北朝鮮の人たちの韓国のイメージに大きく影響を与えたのが韓流ドラマの流入なんです。

速水:もちろん向こうでは禁止されているわけですよね。メッセージ来ていますが「韓流ドラマが北朝鮮に流れてきて、それで韓国の現状を知る人もいるようですが、見つかったら処刑とか聞きますよね」というメッセージなんですが、かなり厳しい取り締まりをしてますよね。


流入する韓流ドラマの影響

石丸:韓流ドラマが北朝鮮の中に入り込んでいったのはざっと今から15年くらい前からなんですね。最初はCD-ROMとか DVD の形で入ってきて、そのコピーを安い値段で市場で不法に売り始めたんですよ。それが瞬く間に全国に拡散しました。ところがこれはやっぱり不法なものなんですね。著作権が云々ではなくて、敵国の情報だからということで北朝鮮当局は一生懸命取り締まりをしようとしたんですが、取り締まりをする側の警察官なんかも見たいわけですよね。だからなかなか取り締まりが進まない。これも北朝鮮の内部文書が出てきて非常に大きく報道されたことがあるんですけれども、軍隊の部隊の中で兵士達がこっそり数人で集まって韓流ドラマを見ていたとか、労働党の幹部たちが家でこっそり見ていたとかですね、そういうことが当たり前になって、なかなか取り締まりができなくなってきたということがあります。金正恩政権は懸命に韓流ドラマ及び外国の資本主義の退廃文化の排撃に熱を上げているんですけれども、韓流ドラマの場合は捕まったらどうなるか。これは死刑になるということはないと思います。北の中の人たちに聞くと、皆さん非常にビビっているんですけれども、大体相場というのが韓流ドラマ一本見たら1年間ぐらいの短期の強制労働キャンプで働かされる。販売とかコピーを取ってばらまくというようなもう少し罪が重い場合は、数年の懲役ですね。しかし北朝鮮の拘置施設は非常に劣悪なので、一度そこに拘束されると死んでしまうこともあるので厳罰は厳罰なんですね。

速水:ものすごく厳しいとはいえ、幹部が見ていたり、取り締まる側も見ていたりというのはまさに「愛の不時着」の中でも描かれていることだったりするんですが、非常にドラマや 文化って影響力が強くて、罰則なんかだけでは取り締まれない部分はあるんですけど、この影響で韓国風の言葉遣いが定着していたりといったことがあるそうですね。

石丸:私たちが今回入手した内部文書に金正恩氏の言葉としてはっきり書かれているんですけれども、我々の国民の中に韓国風の言葉遣いをしたり、韓国風の名前を子供につける現象が出てきているということを嘆いているんですね。韓国と北朝鮮はちょっと言葉が違うのは方言の違いもありますけれども、やっぱり韓国の方が現代的でデジタル機器を使うことでできた言葉もあります。例えばショートメッセージなんかに“バイバイ”というようなことが北朝鮮の中でも使われるようになったとかですね、それから外来語が増えているということがあります。また、韓国朝鮮人の名前の付け方というのは、だいたい姓が1文字で名前が2文字というのがオーソドックスですけれども、漢字語をつけるというのがほとんどだったんですね。ところが韓国では最近漢字語にこだわらずに、例えばキム・サラン(金愛)とか、そういう韓国風の名前を付けるという現象が出てきていると。これは直に韓国文化に接しない限りそういう発想は出てこないと思いますから、やはり韓流ドラマの影響というのは相当深くまで入り込んでいるんじゃないかなと思います。

速水:ちなみに「愛の不時着」のような最新作まで伝わっているんでしょうか。

石丸:愛の不時着は世界的にブームになったので、もしかしたら特権層はこっそり見ているかもしれないですけれども、しかし今のところ、私たちの北朝鮮内部のパートナーたちは「まだ入ってきていない。そんなに面白いのか?」というレベルですね。

速水:なるほど。まだちょっと時差があるかもしれないですね。

石丸:そうですね。2年くらい時差があると思いますね。

速水:最後に、韓国の影響はポップカルチャーを通じて非常に大きいということなんですが、日本はどう写っているんでしょうか。

石丸:実は十数年前までは、北朝鮮の中で一番先進的な国として認知されていたのは日本なんですね。やはり60年代70年代から在日朝鮮人の帰国事業で帰った9万何千人の在日朝鮮人達が日本文化を持ち込みましたし、電気機器とか車とかの先進的なものづくりの大国だということで、モノも入る、お金も入る。そしてまだ中国が貧しかった頃の日本というのは近隣諸国の中で一番の先進国で豊かな国だということで、植民地支配に対する反発と同時に憧れの国でもあったんですね。ところが2006年の第1次安倍政権の時に拉致問題、核問題で経済制裁をして、2000年代後半から貿易も含めて経済交流がほぼゼロになったんですよ。それでモノも入ってこない、お金も入ってこないということになって、日本の存在感がどんどん薄くなってきてしまっています。だから北朝鮮の人たちのあいだでもあまり日本が話題になることが少なくなってしまいました。

速水:それは韓国の影響力が増していることと全く逆の状況になっているということですね。

石丸:そうですね。それとやっぱり隣国である中国が大国化して豊かになっているということ。そちらが実生活にも影響が非常に大きく出ているということが理由だと思います。

速水:わかりました。石丸さんありがとうございました。