「日本人は“匿名”が好き?」Part2

2020年8月25日Slow News Report



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速水:Slow News Report昨日に引き続きジャーナリストで専修大学文学部ジャーナリズム学科教員 澤康臣さんにお話を伺っていきたいと思います。昨日に引き続き、日本人はなぜ匿名を望むのかということについて、海外のメディアとの比較なんかもしながらお伺いしていきます。まず澤さんが京都アニメーション放火殺人事件の折に、ある大学の学生たちから質問を受けたというお話をお伺いしたいんですが。

澤:ちょうど一年くらい前になりますが、私は今の大学の仕事の前で、共同通信の編集委員をしておりました。当時、京都アニメーションの事件について、犠牲者の実名の報道をめぐって、特にネット上で「マスコミはけしからん」「非常に立ち入り過ぎた報道をしている」という批判が渦巻いていた時期でした。そんなとき、メディアについて研究調査をしているというある大学の学生から、どうしてもメディアの中の人の意見を聞いてみたいということで、12項目ぐらいの質問をいただきました。

速水:どういった質問があったのでしょうか。


実名報道は金儲けのため?

澤:色々ありましたが、特にツイッター上でマスメディアに対して向けられている批判を受けた質問が多いなという印象でした。例えば、実名報道というのはメディアが金銭的な利益のためにやっているんではないですか?という質問がありました。これについては、特に新聞系メディアに関して言えば全く儲けとは関係ないですね。日本の新聞というのは9割くらいが定期購読ですので、何か書いたから売れるとか、何かを書かなかったから売れなくなるという関係にはありません。残念ながら長期低落で少しずつ部数は下がっているんですけども、何かを書いたから急に売れ始めるなんていうことは誰も期待していません。

速水:ただネットでは、センセーショナリズムみたいなことが金儲けに繋がっていて、この事件の報道もそういう一部だと思われた部分がありましたね。

澤:むしろ、匿名ではなくて実名で書くと、ちょっとしたニュアンスの違いや、事実がちょっと間違ってしまったという時に、必ず大きな問題になります。もちろん匿名でも間違いは許されないんですが、実名だとそれについて厳しい批判を受けやすく、そうなるとこれは明らかにコストは跳ね上がります。

速水:金儲けという意味ではむしろ逆で、コストをかけている方が実名報道だよということなんですね。他にはどんな質問があったんでしょうか。

澤:他には、実名情報を報道して誰の利益になるんだ?というものもありました。ネットのスラングでよく言う“誰得”ということですが、ただこれは、昨日もちょっとお話ししましたけれども、実際にもしそういう正確な情報が歴史に残されなかったら、例えば空襲ですとか関東大震災の虐殺ですとか、そういったところで犠牲者のお名前、生き延びた方のお名前が当時の新聞に出ているからこそ今チェックができるんですね。本当にそんなことがあったのか、無かったのか、何がデマなのか、そういう歴史上の記録とか知識情報というのは急に何かお金儲けになることはありません。

速水:そして実名報道しないことは逆に不利益になるという考え方もありますよね。

澤:記録に残らなかったら、例えば10年後にこの事件は誰に検証すればいいんだろうか、検証の対象が全く分からなくなってしまいます。例えば、東京電力福島第一原子力発電所の事故が起こった時、必死になって暴走を食い止めようとされた方々いらっしゃいます。「Fukushima 50」という映画なんかにもなりましたけれども、そういった方々は実際にはお名前記録がされてないわけですね。もちろん公表されればご迷惑がかかると思います。偏見もあるかもしれない。それはそれで深刻な問題として考えなきゃいけないことです。ただ実際に何があったのか、あるいは万一のことがあった時に誰が教えてくれるのか。東京電力が、Fukushima 50の方は今こういう風になって、こういうことが起こりましたという事を親切に発表してくれるのか。それはないと思うんですね。もしチェルノブイリの作業員の人たちがいっさい誰かわからないということであったならば、その後検証とかチェックは可能だったでしょうか。

速水:チェルノブイリに関しては、近年HBOがドラマ化した時に、実際に関わっていた人たちがどういう行動をし、その中で自殺する人間が出てきたりするというような、検証的なドラマだったという話ですが、それは当時のソ連時代のあの国ですらそれを、厳密に公表したかどうか分からないですが、検証可能な状況にしていたことが重要ということですよね。

澤:そうですね。この検証可能な状況であるということ、情報がパブリックなものになるということの大切さと、風評被害を出さない、偏見をみんなで許さないということ。今コロナの問題でひどいことする人いますよね。そういうことは絶対にやめようということ。これは両立させなければいけないことです。


遺族の意向が匿名だったとしても

速水:遺族の意向を無視してマスメディアが実名報道をしたのではないかということも学生たちから向けられた疑問にありますよね。

澤:そうですね、その問題も質問の中にありました。ご遺族の意向を無視したのではないか、踏みにじったのではないかということですね。遺族の中にはもちろん公表を望まれていなかった方は大勢いらっしゃいます。そういう意味では意向と異なる報道をしたということは事実だと私は思います。ただ最初から歯牙にもかけなかったとか、全く気にしなかったと受け止められているのであれば、それは私が調査した限り全く事実と異なります。現場ではどういう報道をすべきか、激しい真剣な議論をしていたと聞いています。

速水:おそらく公表されたくないという方々は静かにしていてほしいんだという意識だと思うんですよね。遺族の中にも知ってほしいという意見が早い段階で出てきたケースもあったと記憶していますが、それは、ここまで生きてきた証を名前や功績と共にちゃんと覚えておいて欲しいんだ、世の中から存在したことをを消さないで欲しいんだということだと思うんです。ひょっとしたら最初は静かにしておいてもらいたかったものが、後になって変わることもあるじゃないですか。そういう意味では、短期的な意向というのも長期的には変わってくる可能性ありますよね。

澤:大前提として、被害者のご意向に沿う報道が社会的、公共的、歴史的に価値がある報道とは直ちには結びつかないところは難しいんですが、確かにご意向が変わることはあります。実は一度被害者の団体の方とお話ししている時に言われたことがあるんです。「マスメディアの方々は事件直後、話せるわけがない大混乱の時にはお起こしになるけれども、しばらく経って話したくなった時には誰も来ないんだ」と。


それでも実名報道をする意義

速水:遺族は静かにしていてもらいたい、それを押してまで報道する意義って何なんでしょうか。

澤:これは本当に難しい問題ではあると思うんですけれども、歴史的な、特に京アニの事件の場合は、本当に歴史に残るような大変に痛ましいとんでもない事件なわけですね。ご遺族の方が希望されるということは本当に重い話だとは思うんですが、だからといってその具体的な中身、誰が犠牲になったかという、もう一つのコアの部分を歴史から、あるいは公共記録から削ってしまうということが果たしていいのかどうか。京アニの事件は、耳を塞ぎたくなるような、誰にとっても聞かずに済ませたいと言ってもいいような事件です。ある意味、ご遺族の気持ちを考えれば、報道自体全くしない方がいいかもしれないですね。ただ、本当に申し訳ないと思うし、本当に気持ちが粉々になるようなところはあるんですが、公共の記録を残す、検証可能な記録を残すということを考えるとやらざるを得ないんです。

速水:後世に残すということも非常に公共性として重要であるし、今この問題に触れてほしくないという遺族の感情、両方大事なんだという中で、メディアの側としては公共性の部分として報道に踏み切った部分があるのかなという気がしますが、京都アニメーションの事件の場合は、各テレビ局、新聞社が場所を取り合いしているようなメディアスクラムの光景が写真で映された。あのイメージがすごく強かったと思うんですよ。

澤:これは京アニの事件に限りませんけれども、メディアスクラムという言葉は最近よく使われるようになりました。メディアの取材の仕方が乱暴で、人の気持ちをあまり分かってないんじゃないか、いくらなんでも礼儀を守っていないんじゃないかという批判。これは本当に重大だし、記者一人一人が重く受け止めなくちゃいけない話だと思います。

速水:被害者に対しての心遣いみたいなものが炎上の背景にあると思うんですが、一方でこの問題を考える時はメディア対市民という問題だけではないですよね。

澤:匿名か実名かの話に絡めて言いますと、匿名報道をするからといって、取材しないで報道するわけではないですよね。それとこれとでは別な問題なんですね。それと記者が何を取材をするか、どういう取材をするか、そしてその取材結果をどう受け止めるか、それぞれ別個の問題です。例えばアメリカで被害者の支援をされている方なんかに聞くと、どうやってメディアにどんどん書いてもらえるかがいちばん大事なんですと言うんです。つまり意見をできるだけ市民に伝えたいと、それでこそ被害者の権利や立場が擁護される社会ができるということなんです。

速水:何が利益なのかというのが日本と欧米では違うのかなという感じなんですが、一通メッセージを読みます。「実名報道に対して批判的なのは、偏見や風評被害や取材活動による不利益に対して、確実なケアが報道側からされていないからではないでしょうか」というご指摘です。例えば報道しないことも、何かしら伝えてほしいという被害者たちの利益を損じている部分もあるし、例えば一時期すごく話題になったものが、さっと風が吹いたように誰も話題にしなくなる。そういうことで被害を与えている部分もある。そういうご指摘なのかなと思いましたが。

澤:アメリカで取材報道の研修会に出たことがあるんですが、アメリカでもやはり、取材対象者を説得して実名で行うのが大原則です。みんなアメリカの記者はこれにこだわるんですが、大変な場合もたくさんあります。アメリカでも当然変ないじめとかバッシングは起き得る。嫌がらせがあるかもしれない。それは正直に話すと言っていました。是非出て欲しい、顔を出して欲しい、ただ何があるかわからない。ただしその時には嫌がらせを受けたこと自体もちゃんとニュースに、続報にしますよと。私はあなたと最後まで戦いますよと言うんだそうです。


メディアにも透明性を

速水:なるほど。海外でも今マスメディアへの不信が高まっている中で出来る事、必ずしも日本が駄目で海外は良いというわけではないんですが、最後にメディアと受け手の問題とした場合に、この問題が良い方向に行く手立てって何かありますでしょうか。

澤:世界中のメディア不信、これは本当に大問題ですが、いちばん大事なことだと今言われているのは透明性です。メディアは社会全体を透明にする仕事と言えますが、今度はメディアの方も透明にする。つまり、今は変な取材をすればすぐにばれる時代です。私たち調査報道に関わってきた人間は、質問状を一本出しても、いつ公表されてもおかしくないと思ってやるべきだと考えています。ということは、我々自身もどういう取材をして、どういう気持ちでやっているのか、失敗したことも含めてオープンに説明をしていくようでなくてはいけないだろうなと思っています。

速水:〇〇新聞がこう報じたというのではなく、〇〇新聞の●●記者が書いたというように、今どんどんそうなっていますが、今後もそれをもっと進めていく必要あるかもしれません。その中で、コミュニケーションが行われ、信頼感を勝ち得ていくこと。それが唯一のことなのかなと思いました。ジャーナリストで専修大学教員 澤康臣さんに、昨日と今日2日にわたって報道の実名、匿名の問題について伺いました。澤さんありがとうございました。

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