ジャーナリストと検察のディスタンス

2020年8月17日Slow News Report



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速水:Slow News Report 今日は日本を揺るがしたあのスクープで知られる記者の方にお話を伺います。朝日新聞の板橋洋佳さんです。今日のテーマは“ディスタンス”なんですが、「ジャーナリストと検察の距離感」の話です。板橋さんは、特捜部をはじめとする検察の取材をする立場の記者ということなんですが、板橋さんは新聞記者として検察を担当されているということでよろしいんですか。

板橋;今は法務省担当という立場です。朝日新聞の東京本社でいうと、4人の記者が東京地検特捜部をはじめ、東京高等検察庁、最高検察庁などを担当しています。


一対一で話を聞く時間をどれだけ作れるか

速水:よく新聞記者というと“夜討ち朝駆け”といって、警察の捜査の担当であるとか警察の幹部の自宅に行って話を聞いたりするというイメージがあるんですが、これは同じような事を検察にしたりすることもあるんでしょうか。

板橋:おっしゃる通りです。大切なのは相手の方と一対一で話を聞く場面をどれだけ築けるかということなんです。そのためには朝回ったり、夜帰って来るのを待ったり、いろんな手法があるということですね。

速水:でも他社の記者も同じことをやっていて、その中で他社とは違うことを聞くためにはそれなりの関係性を築く必要があるわけですよね。そのために板橋さんはどういうことをされるんですか。

板橋:僕はまず宣言をしてしまいます。何を宣言するのかというと、始めに会う人に僕がどうして記者になったのか、どんな記事を書きたいのかということを、手紙になどに記して相手にまず渡してしまうんです。それでまず僕のことを知ってもらうんです。最初に手紙を渡すという記者って少ないと思うんですけれども、まずは相手に印象を持ってもらうためにそうします。ただその時に、何を自分が書きたいのかということをしっかり明確に持っているかどうかがポイントです。僕の場合はアンフェアを明らかにしたいというのが記者のテーマなので、それをしっかり手紙に書いて、だからお話を伺いたいというような形をとっていますね。

速水:板橋さんは法務省担当ということなんですが、具体的にはどういう案件を取材したり記事にしたりしているんですか。

板橋:例えば法改正を受け持つのが法務省なので、今でいえば少年法の改正がどうなるのかとか、そういった法改正をめぐる話が主になってきます。それ以外にも、東京地検特捜部からの捜査情報というのも法務省には上がってくるので、検察担当のサポートということもすることがあります。

速水:今後の改正でどういうことが焦点になるか、どういう変更があるのかみたいなことを、他よりも早く聞き出すというようなことを取材の中で狙っているということなんですか。

板橋:法改正の場合でいうと、他よりも早くというよりは、どういう意図をもって法改正をしようとしているのか、ビフォーアフターでどう変わるのかということを正確に詳しく書くためには、やっぱり相手の方からバックボーンを含めて全部聞かせてもらう必要があるので、それを目指していますね。


“リーク”はなぜ起きるのか

速水:いわゆるリークということがあったりしますが、記事を書く側としては記事にできるということがメリットをだと思うんですが、例えば喋る側、検事であったり官僚の方も何かしら記者に話すことでメリットがあるんですか。

板橋:法改正という点で言えば、国民によりその法改正の趣旨を伝えられるというメリットはあると思います。

速水:そこで何か特別な内容をある一部の記者だけに話すみたいなことによって、それで何か伝えたいことがあったりするわけではないんですか。

板橋:そうですね。どちらかと言うと、例えば法改正の話の場合、この記者はしっかりバックボーンを理解して正しく、あるいは問題点も含めて記事を書いているなという信頼関係が相手とできると、その先にもう一つ狙うべきニュースがあるんじゃないかと僕は思っています。

速水:そこら辺が人間関係を築く部分の重要さだと思うんですが、どうしても記者と検察のディスタンスということで思い出すのが黒川前検事長の話です。賭け麻雀を新聞記者と一緒に、これは産経新聞でしたが、朝日新聞は記者じゃない方がそこにいて、そこの中で個人的な付き合いをしていた。まあ賭け麻雀が違法かどうかというところもあるんですが、非常に距離の近い関係性を保っていて、その関係性が問いただされた部分があり、朝日新聞も当事者として関わった部分がありますね。ああいう距離感で話を聞くのって当たり前なんでしょうか。


何のために、誰のために取材をするのか

板橋:まず一つ、賭け麻雀という行為これは当然許されざるべきことですし、それによって強烈なメディア不信を生み出したという点では本当に一人の記者として申し訳ないと思います。同時に、それに加えて別の根深い問いも突きつけられていると僕は思っています。それは何かと言うと、結局何のために、誰のために取材をしているのかということです。つまり相手との関係性を深めた結果、聞いた話をしっかり記事として書いたのかどうか。この点がいちばん問われているというふうに考えています。

速水:そこなんですよね。ただ単に仲が良かったのか。麻雀だけの友達なわけじゃなくて、何かしらのお互い享受するメリットがあった関係なのか。あの時の黒川さんが持っていたであろう何かを、僕ら一市民に伝えるための手段として記者が入り込みすぎたんだという話なのかどうか。記事が出てくれば、なるほどと思うんですけど、あの事件の場合は麻雀していただけという話になっちゃってる気がするんですよね。板橋さんの場合は、人間関係を作っていく中で、プライベートな付き合いのところまで踏み込む事ってあるんですか。

板橋:僕の場合、相手の方とお話するとき、例えば検事の方であれば理想論を話すようにしています。つまり検事とはどうあるべきか、捜査とはどうあるべきか、もちろん記者としてどうあるべきかも含めて、そういう話をする中で、捜査ミスだったり相手側の問題点だったりというものが透けて見えたり、ヒントを教えてくれる時がある。そんなふうに考えて向き合っていますね。

速水:例えば麻雀で相手を喜ばせたりとか、飲食の接待とかで、「まあここまで仲良くなったんだから教えてあげるよ」みたいなことをしてネタを取っている記者もいるわけですよね。

板橋:さまざまの取材の手法があるとは思うんですよね。ただ僕が言いたいのは、お酒を飲むとか、趣味を一緒にやるという以上に、相手としっかり議論ができる関係を作ることの方に僕は重きを置いて取材をしています。

速水:ちょっとお酒を飲んだらもうちょっとディスカッションも深まるかもしれないですけど、やらない理由があるんですか。

板橋:僕自身がそんなに実はお酒が飲めないというのもあるんですけど。

速水:ちなみに麻雀は?

板橋:麻雀はできます。

速水:じゃあやろうと思えば麻雀で接待みたいなこともありえるかもしれないですけど、やらないんですね。

板橋:やっぱりそれでは取材の方向性がずれてしまうと思うんですよね。しっかり相手と向き合える環境をどこまで作れるのかという点に重きを置きたいなと考えています。

速水:一通メールを読んでみたいと思います。質問が来ています。「政治家と警察と検察と、結局ジャーナリストは気に入られてナンボなのでしょうか」という質問なんですが、板橋さんこれはどうでしょうか。
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板橋:気に入られるということは非常に重要なんですが、僕としては主導権を相手に渡さない、つまり相手におもねないという姿勢さえ持っていれば、相手が僕のことを気に入ってくれようが、そこはいいのかなと考えています。

速水:主導権を奪われてしまうというのはどういうことなんですか。

板橋:例えばディスカッションの中で、向こうがある話題は触れないとか、そういう触れないところに何かしらの闇がある可能性があるので、そこを触れないのはどうしてですか?と問うとか、そういうような話ができるような関係を目指すということですね。


村木厚子さん 郵便不正事件

速水:なるほど。ここからはもうちょっと具体的な事例の話をお伺いしたいんですが、厚生労働省の村木厚子当時局長の冤罪事件、これは非常に大きなインパクトがありました。板橋さんは大阪地検特捜部が証拠のフロッピーディスクを改ざんしたということを報じた張本人の記者ですが、この事件の記事を書いたきっかけというのはどういうものだったんでしょうか。

板橋:村木さんが逮捕された後の初公判裁がきっかけでした。村木さんが逮捕された当時、検察幹部はみんな村木さんは虚偽の証明書の作成を指示したんだということを言っていたわけです。周りもそう言っていました。でも裁判になると、周りの人は村木さんはやっていないと言うし、村木さん自身も罪を否認している。捜査の段階と公判の段階でどうしてこんなズレが生まれるんだろうかと思ったのがこの検証取材を始めようと思ったきっかけでした。

速水:実際に大阪地検特捜部に取材して、すぐにここが怪しいなみたいなことというのは出てくるわけですか。

板橋:実際はそんなに上手くはいきませんでした。もう裁判になっていますから、特捜部の捜査としては終結しているわけです。ですからその問題を掘り起こすような取材をすると、相手側からは何を今更そんなことを聞くんだとかなり怒られたり、そういう場面も多々ありました。

速水:その中をグイグイ入っていくわけですね。

板橋:これまでにディスカッションできるような人間関係を作っている方が何人か特捜部や検察の関係者にいたので、その方々に「今回の捜査に何か問題点があえて言えばありましたか?」と、僕はこう思っていますがどうでしょうかという質問を重ねていったわけです。

速水:そこに実際改ざんはあったわけですけれども、それを突き詰めていくことってかなり反発されるわけですよね。そしてそれを書くということは、ここまで築いてきた関係性も全部たち切らなきゃいけないということを意味しますよね。それは平気だったんですか。

板橋:まさにある捜査検証を始めようとして2ヶ月経った時、ある検察関係者が証拠の改ざんの話を打ち明けてくれたわけなんです。僕としてはこの話こそ僕ら検察担当記者が書かなきゃいけない話だと思ったんです。というのは大阪地検特捜部の場合、担当記者は二人なので、僕ら二人がこの事実を書かなかったらずっと記事にならない話なわけです。だとすれば、相手との関係が切れたとしても、切れないように努力はしますが、やらなきゃいけないと思いました。

速水:改ざんがあったことを教えてくれた方というのは、それはどういう理由があったんでしょうか。

板橋:情報源の秘匿という、記者にとって最も守らなきゃいけないところにあるのでなかなかここを詳しくお話しできないのですが、一つ言えるのは検察の内部の関係者だったということです。その人自身が僕としっかり検察とはどうあるべきなのか、捜査とはどうあるべきなのか、そういう話ができる関係であったということから、その話を僕に漏らしたのではないかと思っています。

速水:ちなみにこの事件のことを書かなかったら、村木さんの事件は今とはずいぶん違う状況になっていたと思いますか。

板橋:証拠改ざんという調査報道の記事を書いた時は無罪の判決が出た後だったのですが、もし証拠改さんの調査報道の記事がなかったら、検察は控訴したかもしれません。結果的には調査記事が出たので、一審の無罪を認めますという形になりました。


記者は情報屋ではない

速水:村木さんが悪かったと思っている人は、今はもう誰もいなくなっているわけですけれども、その裏には調査報道があったというところが重要だなと認識しているんですが、検察とジャーナリストの距離感というと、例えば何かあったのを掴んでいるんだけど関係性を重視して、ここは記事にしないことでポイントを稼いで、次にもっと別の事件大きい事件のネタをとろうみたいな駆け引きはないんですか。

板橋:少なくとも僕はやりませんでした。僕は、自分は記者なのか情報屋なのかということを自分自身に問いかけるようにしているんです。つまり情報屋というのは自分にとって有利な情報を、自分の中で閉じ込めてうまく利用するということ。でも記者は皆さんに伝えて初めて僕らの存在意義があるということ。それを考えれば、良い話も悪い話も、特に悪い話はしっかり記事にする。もちろん証拠が整えばですが、そういうつもりでしたね。

速水:でも「こいつは記事を書いから、もう絶対こいつには喋らない」みたいな関係性になることもありますよね。特にこの村木さんの事件の時って、そういう今まで築き上げた関係を台無しにするようなこともあったんじゃないですか。

板橋:証拠改ざんの調査報道の記事を書いた後、関係が消えてしまった検察関係者の方もいます。でも逆により絆が深まった方もいます。検察の膿を君らの取材で出せたという風に言ってくださる方もいる。そんな状況でした。

速水:もう一通メッセージを読みたいと思いますが「どちらの職業も正義感という志を持って選んだだろうに、いつのまにかゆがんだ志に変わってしまう人たちは一体何がきっかけなんだろう」という疑問をいただいています。今のお話を聞いていると、板橋さんは非常に倫理を持ってやっているんですけど、中には情報をもらうためにズブズブになっているようなケースってあると思うんですけど、そこは何が違うんでしょうか。

板橋:やっぱり自分の原点を忘れてしまうことなのかなと僕は思うんです。僕で言えば、アンフェアな構図を明らかにするんだ、悪い力の使い方を明らかにするんだという思いをもし忘れてしまえば、先ほど言ったように不祥事を書かないで相手に恩を売るということになってしまうのかもしれない。やっぱり常に自分の職業としての原点に戻ることなんじゃないかなと、当たり前の事なんですけど思っています。

速水:その中でもずっと信頼感を勝ち得て付き合いを続けられる人たちがいて、また更なるスクープにつながっていくということなわけですね。実は明日も板橋さんにお越しいただきます。明日は板橋さんも取材に加わった河井克行 案里夫妻の買収事件の話をたっぷり伺いたいと思います。明日もよろしくお願いいたします。