冤罪は、こうやって仕立て上げられる

2020年7月28日Slow News Report



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速水:Slow News Report今日は昨日に引き続き中日新聞社会部の記者 角雄記さんです。昨日は滋賀県の湖東記念病院で起きた呼吸器事件の冤罪事件の話をお伺いしましたが、昨日に引き続き「冤罪はこうやって仕立て上げられる」というテーマでお送りします。やってないのにやりましたとなぜ自白させられてしまうのか、今日は別の事件の話を伺いながら議論していきたいと思うんですが、今日最初に取り上げるのは「日野町事件」です。1980年代の事件ということなんですが、まずは簡単にこの事件の概要を教えていただけますでしょうか。


暴力や家族への危害をちらつかせながらの取り調べ

角:日野町事件は昨日お話した呼吸器事件と同じ滋賀県の事件です。冤罪の疑いが強いということで、裁判所が一度裁判のやり直しを認めている事件です。ただ検察が不服を申し立てていますので、今は大阪高裁で審議が続いていて、昨日の西山さんのように無罪が確定したわけではありません。

速水:まだ審議が継続しているということなんですが、この事件自体は強盗殺人ですよね。この容疑がかけられ有罪となった阪原弘さんは、今はもう亡くなられているんですよね。

角:そうですね。阪原さんは一生懸命無実を訴えてきたんですけれども、事件発生から16年後の2000年に刑が確定し、その後も裁判のやり直しを求め続けたんですが2011年75歳で亡くなりました。今はそのご家族が引き継いで裁判のやり直しを求め続けています。

速水:未だにこの事件がそういう風に注目され、再審請求が行われ続けている背景には、当初の判決にあった自白を非常に強く評価した判決に対する疑問があるということなんですが、どういう疑問点があるんでしょうか。

角:この事件は酒屋さんの女性店主が殺害されて金庫が奪われたという強盗殺人事件なんですけれども、奪われたとされる金庫は、家族の証言では書類なんかが入っていたと言われているんです。しかし阪原さんの自白では5万円が入ってたということになっていまして、矛盾じゃないかと言われていること。それから殺された被害者の手首を結んだ紐の結び方
が、見つかった時の状況と阪原さんが自白した内容が違う。これは一例ですけれども、多くの矛盾が指摘されていて、それでも有罪になってしまったという事件です。

速水:犯人であれば知っていて当然のことを容疑者が知らないまま裁判になっているという話なんですが、取り調べの中で自白が作られたのではないかと言われているわけなんですね。この中で「叩き割り」という、専門用語だと思うんですが、この自白強要という問題において重要なキーワード、「叩き割り」ってどういうことなんでしょうか。

角:日野町事件は叩き割りの典型のようなことということであげられるんですけども、叩き割りという言葉自体は事件捜査に携わる人に独特の言い回しですね。“割る”というのは基本的には自白を取ることを言うんですが、自白を取るのが上手な取り調べ官が“割屋”なんて呼ばれたりもします。

速水:よく刑事ドラマなんかで落とすとか言われるんですけれども、これと似ているのかなという気がしますね。

角:そうですね。日野町事件の場合は、これは阪原さん自身が裁判で証言している内容ですと、襟元を持って締め上げられたとか、背後から平手で頬を殴られたですとか、足で椅子を払い倒されて転んだとか、そんなことが言われてるんですけれども、阪原さんが自白をしてしまったいちばんの理由ということであげていたのは、娘の嫁ぎ先に行って家の中をがちゃがちゃにしてやるぞと言われたことだそうです。自分は暴力には耐えたけど、家族に危害を加えられることを言われて認めてしまったんだと、後におっしゃっていました。

速水:それが本当に起こっていることであるならば、これは相当酷い話だなと思いますよね。相手は暴力だけではなくて、家族との人間関係であるとか、そういうところまで精神的に追い詰めるようなことが捜査の中で行われた可能性があると。また、司法制度の問題という意味では「人質司法」なんていう言葉も言われるようになっていますが、この用語についても教えていただけますでしょうか。


人質司法も嘘の自白の温床に

角:人質司法というのは長期間身柄を拘束できてしまう日本の刑事司法の法律の仕組みそのものも批判に使われる言葉ですね。逮捕されると、最大で20日間以上身柄を拘束することが法律で認められているんですね。もちろんそれは裁判官が認めなければいけないんですけれども、裁判官は基本的に身柄勾留することを許可しがちです。それですごく長い期間身柄を拘束することで精神的に追い詰めて屈服させ、自白を強要する温床になっているということで、長年日本の刑事裁判で問題だと言われてきているところです。

速水:この身柄の勾留を中心とした捜査というのは、こういう数々の冤罪事件なんかを経て、そこへの反省、変化などはあるのでしょうか。

角:日産自動車のカルロス・ゴーンさんの時にだいぶ人質司法に批判が集まったので、裁判官も勾留を認めなかったりという動きは少しあったんですが、大きくは変わっていないという印象を持っています。

速水:ゴーンさんの事件では、日本の司法制度が人権的に問題があると注目され、諸外国とはずいぶん違うんだよという話がありました。そういう日本の独自性みたいな、見えない部分まだまだあるのかなという気がしますが、メッセージを一つご紹介します。「日本は犯罪者を逮捕したらすごく叩きまくるが、冤罪だった場合、よかったねで終わりだよね。うちの新聞 テレビは間違いでしたすみませんと謝罪しないよね」 というメッセージをいただいています。これは冤罪というか逮捕報道の話ですが、これはどうでしょう。冤罪であったことはもちろん報道されるんですけれども。

角:昨日お話しさせていただいた呼吸器事件の西山さんにもこのことを言われたことがあります。逮捕した時はすごく悪く書いて、冤罪と認められたときはよく書いてくれるけれども、やっぱりそのことも自分はすごく怒っているとおっしゃっていました。西山さんにはそのことをご説明して、会社として謝ったということはありました。

速水:司法制度がおかしいというだけではなくて、社会全体でメディアの報道なども考えなきゃいけない部分が多々あると思いますが、引き続き今日のテーマ「冤罪」を語る上でもう一つ象徴的なケース「志布志事件先」について伺いたいと思います。2003年に鹿児島県議会選挙候補者が志布志市の集落の住民に酒や現金を配ったということで、候補者と住民が取り調べを受け、13人が起訴されたのですが、これもやっぱり自白をもとに進んだ話で、結局これも冤罪だったケースなんですよね。


精神的に追い詰めて自白を強要することも

角:これも新聞社の取材で取り調べの状況なんかが明るみに出ているのですが、現場の捜査員は少し乗り気でなかったところに捜査がつき進められていったと、そんな風に言われています。

速水:これは実際どういう形で自白の強要が行われたのでしょうか。

角:本当にびっくりすることの一つに「踏み字事件」というのがあるんですね。踏み字というのは、昔キリシタンを弾圧する時に使った踏み絵を、もじっていると思うんですけども、取り調べている容疑者の親戚の名前を紙に書いて、取調官が足を持ち上げて字面を踏ませると。お孫さんの名前を書いて、そこに「優しいおじいちゃんになってね」という言葉を添えて、そんな紙を踏ませるとそういう、非常に違法性の高い操作が行われたと言われています。

速水:これは自白を引き出すために何かを強要するというよりも、精神的なダメージを与えて弱らせた上で自白を強要するという手法といっていいんでしょうか。

角:そうですねあと。「切り違え尋問」という、また専門用語なんですけれども、共犯者は自白したんだぞと嘘をついて諦めさせる手法、例えば奥さんはあんたの関与を認めてるというようなことを言って、諦めさせて自白を取るというような捜査もあり、これも違法性が高いと言われています。


なぜ自白をさせることだけが目的になってしまうのか

速水:現場の捜査員が取り調べをする上で、なぜ「真実に向かおう」ではなくて、無理やりにでも自白させようとるすのか、そのための非常に無茶な手段に見えますが、そうしようとしてしまう理由はなにかあるんでしょうか。

角:なかなか一度描いた事件の構図、ストーリーから逃れられないということ。それから、消極的な意見を言っても認めてもらえないと、そんなことがあるように思いますね。それと忘れてはいけないのは、取調官は目の前の容疑者を犯人だと固く信じているんですね。確信を持って取り調べているわけですから、取り調べられた側はとしてはこの人にはもうどれだけ説明しても聞いてもらえないんだと、辛い気持ちで諦めて、自分がやったと認めてしまおう、犯人を演じてしまおうと、そういうようなことがあると思います。

速水:自分ではもうどうにもならないって諦めてしまうような心理状況に置かれるということですよね。また、まさに志布志事件がそうですが、買収なんてなかったんじゃないのというような、捜査の大きい方向チェンジは、なかなか起こりえないということですね。

角:そうですね。検察官もこういう大きな事件では事前に相談を受けてゴーサインを出していたりするので、、一度逮捕すれば大きく報道されますよね。そうするともう引くに引けなくなるというようなことがあるんじゃないかと、元検察官の方に聞いてもそういうご意見をいただくことがあります。

速水:報道もされているしこの方向で行くしかないなと追い詰められていく中で起こってしまうと。志布志事件、そして昨日の呼吸器事件もそうですし、日野町事件もそうなんですが、捜査され尋問されるという特殊な環境で、しかも密室の中という特殊な環境に人は抗えないんだよという話だったと思うんですが、ちょっと違うケースで、村木厚子さんの事件も結局無実だったわけですけれども、村木さんにも角さんは取材されているんですよね。

角:村木さんの事件は郵便不正事件といって、障害者団体向けの郵便料金の割引制度を不正に利用したとされた事件なんですけども、村木さんのお話で一番印象的だったのは、10人中5人が村木さんの関与を認める自白をしたということなんですね。二人に一人ということなので非常に高い割合だと思うんですけれども、これは皆さん厚生労働省の官僚です。なので培ってきた社会経験ですとか、対人関係というのもやっぱり豊富でしょうし、知識もある方々です。昨日“供述弱者”という話をしましたけれども、西山さんのケースは障害があったからというふうに思われるかもしれないんですが、一般の人も社会経験豊富な人でも、やっぱり密室で取り調べられると自白してしまうんだろうと、村木さんがそういうことをおっしゃってたのが印象的です。

速水:つまり自白を強要されるようなシチュエーションに置かれた時に、どんな人でもそうなる可能性があるということを踏まえなきゃいけないと思うんですが、昨日はその中で、「取り調べの可視化」ということで、録画をしたり録音をしたりということがルールづけられているという話もしました。それは機能しているのでしょうか。また、これから何を変えていかなければならないのでしょうか。

角:まず取り調べの可視化の件で言いますと、対象事件というのは日弁連が出している数字だと全体の事件の3%なんですね。例えば志布志事件のような選挙違反事件というのは対象ではないんです。裁判員裁判ですとか検察の独自捜査が対象ですので、決して全てを網羅しているわけではありません。それから、例えば昨日お話しした西山さんのように、好意を利用されると逆に自白しているところだけが映像に残って冤罪に拍車をかけてしまうという可能性もあるので、必ずしも万能ではないのかなと思います。

速水:その中でさらに新しく何かを変えていくとしたらどんな可能性がありますか。

角:これは実現可能性については分かりませんが、弁護士を取り調べに立ち会わせるべきだという意見があります。先進国の中で取り調べに弁護人が立ち会えないのは事実上日本だけと言われているんですね。先ほど人質司法の話もありましたけれども、諸外国に比べて刑事裁判、刑事司法のあり方はまだまだ改めていく余地というのがあると思います。

速水:先ほどのカルロス・ゴーンの話もそうですが、日本の司法制度の特殊性みたいなものがまだまだあって、そこに関して僕らはちょっともうちょっと向き合う必要がありそうですね。

角:先ほど村木さんのお話のように、供述弱者だけの問題ではないんですね。ですから、まずこういう風に相手に迎合して自白してしまうということがあり得るんだということをしっかり認識する必要がありますね。

速水:昨日に引き続き連日冤罪はどう作られるのかのテーマについてレポートをいただきました。どうもありがとうございました。