『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第93回
ホール&オーツねぇ。
当時そんなには聞かなかったけど、MTVとかで良く流れてました。
S&Gやロギンス&メッシーナはかなり聞きましたが、
80年代は自分たちのことで精一杯だったのか、
あまり聞く機会はなかったですわ。
マンイーターは大好きだったけど。
『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』 第93回
今回のSYDF、「タ」で始まるアーティスト特集は全編「ダリル・ホール&ジョン・オーツ」!
『ダリル・ホール&ジョン・オーツ(Daryl Hall & John Oates)』
★1967年、アメリカ・フィラデルフィアの「テンプル大学」で出会った2人。
ブルーアイドソウル(青い目のソウル=白人のソウル)のグループ
として『ダリル・ホール&ジョン・オーツ』を結成。
1972年、レコードデビュー記念すべき1枚目のシングルは、
全米チャート最高60位という本人たちにとっては不本意な結果に終わっています。
♪追憶のメロディ(She's Gone)
★1976年レコード会社を移籍し、リリースしたのが次の曲。
♪微笑んでよサラ(Sara Smile) *1976年、全米4位まで上昇。
★次のシングルとして彼らがリリースしたのが、
デビューシングルだった「追憶のメロディ(She's Gone)」!
注目され始めていたこともあり、これが大ヒット。全米7位を記録しました。
そして1977年、彼らにとって初の全米ナンバーワンが誕生!
♪リッチ・ガール(Rich Girl)
★1980年、初のミリオンセラーとなるアルバム
『モダン・ヴォイス(Voices)』をリリース。
このアルバムからは4枚のシングルを発売。
♪キッス・オン・マイ・リスト(Kiss On My List) *1981年、全米1位(3週連続)。
★次にリリースされたアルバム 『プライベート・アイズ(Private Eyes)』(1981)は
初のプラチナアルバム(1000万枚以上のセールス)となりました。
♪プライベート・アイズ(Private Eyes) *1981年、全米1位(2週連続)
♪アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット(I Can't Go For That) *1982年、全米1位。
★1982年、彼らにとって、最大のセールスを記録したアルバム
『H2O』をリリース。
♪マンイーター(Maneater) *1982年、全米シングルチャート1位(4週連続)。
★5曲目の全米ナンバーワンシングルを生み出したアルバム
『H2O』ですがチャートでは最高3位(年間では4位)を記録。
実は、ホール&オーツ、シングルのNo.1は多いんですが、
アルバムでは、この3位が最高のチャートアクション。
★1984年リリースのアルバム『Big Bam Boom』から。
現在のホール&オーツにとって最後の全米ナンバーワン
(通算6曲目)が次の曲。
♪アウト・オブ・タッチ(Out Of Touch) *1984年、全米1位(2週連続)
★1980年代を疾走した『ダリル・ホール&ジョン・オーツ』
1991年、活動停止をしたものの、1995年からは活動再開。
アルバム、そしてツアーと精力的な活動を続けています。
ちなみに、今年(2014年)『ロックの殿堂』入りを果たしています。
次回 「坂崎さんの番組」という番組
ゲスト: 三浦和人さん