速水：Slow News Report今日はアジアプレス・インターナショナル大阪オフィス代表石丸次郎さんとお届けします。石丸さんは1993年から北朝鮮の取材を始め、これまで中朝国境に約100回取材に行かれています。そして北朝鮮にも3回取材で入っています。北朝鮮国内にも、約10名の取材協力者の方がいて、中国の携帯電話で連絡を取り合っているそうです。今日は開城工業地区の南北共同連絡事務所が爆破されたというニュースが入ってきました。これは13日に金正恩氏の妹の金与正氏が元々予告していたものを実行するという形になったわけですが、石丸さんはこれは本当に実行されるものとして見ていましたでしょうか。


南北共同連絡事務所爆破の裏側

石丸：金与正氏が公式に「跡形もなく崩れる悲惨な光景を見ることになるであろう」という談話を出していましたから、これは私も含めて北朝鮮ウォッチャーたちはみんなやるんだろうなと思っていました。今日の2時50分に爆破したという声明が出たんですが、先ほどニュースを追いかけていましたら、韓国側から遠固定カメラで遠目に撮った映像が公表されていました。これは韓国の国防部が撮った映像なんですけれども、本当に跡形もなく粉々になってるんじゃないかというくらい、ものすごい大きな破壊の場面が映っていましたね。韓国側の反応も出てきているんですけども、やっぱり韓国政府、それから与党の関係者たちもすごいショックを受けていて、一切の責任は北側にあるという強い声明も出ていますね。

速水：そもそも南北共同連絡事務所という建物自体は2018年にできたものだそうですが、これはどういう建物なんでしょうか。

石丸：開城は、朝鮮半島を隔てる軍事境界線からちょっと北側に入った場所にあります。この開城に北朝鮮と韓国が工業団地を作っていて、南北の共同事業のシンボル的な場所ですね。南北共同連絡事務所はここに2018年9月に開所しました。要するに金正恩政権に対して、今の韓国の文在寅政権が新しい南北関係を作っていこうじゃないかということで、これまで対立関係にあったものを話し合いを常時持つ場所として建設することに合意したわけです。それで日本円にしてだいたい17億円くらいのお金を投入して、5階建ての非常に立派な建物を建てました。そこに南北の両方の連絡官が常駐して日々のやり取りをできるようにしてたんですけれども、昨年からちょっと関係が悪くなってきて、北側の連絡員が撤収していました。今年2月以降はコロナの影響で韓国側の要因も撤収していたという状況の中で、4ヶ月後の今になって爆破ということになりました。

速水：今の文在寅政権としては北朝鮮に融和的な姿勢を示していたんですが、北朝鮮側が態度を硬化させたのには理由があったのでしょうか。

石丸：ちょっとおさらいをしましょう。金正恩政権は今から3年前の2017年に日本列島を超えるような長距離ミサイルの発射訓練を度々行いました。それから核実験を繰り返しました。世界は非常に緊張して、北朝鮮は国連安保理で史上最強といわれる非常に厳しい経済制裁を受けました。北朝鮮の友好国である中国とロシアまでこの制裁に賛成しましたので、窮地に陥る事態になりました。
そこに文在寅政権が手を差し伸べます。非核化したら交流も増やすし、支援もするし、アメリカとの橋渡しもしますよということで、2018年韓国の平昌オリンピックの時に金正恩氏の妹の金与正氏が韓国を訪れて、劇的に情勢が変わりました。それで非核化に向けて進もう、そして経済も協力していこうという約束が積み重ねられていきました。トランプさんともちょうど2年前の6月に会いましたね。これはシンガポールが1回目、そして去年の2月ベトナムのハノイで2回目の非核化をめぐる協議がありました。
しかしこの2回目のハノイの協議は完全な物別れに終わってしまいました。アメリカ側は非核化を先にやれと要求し、北朝鮮は、じゃあ寧辺という平壌の北側にあるエリアの核施設を全部なくす代わり制裁を解除してくれということを言います。ところがアメリカは認めなかった。これが金正恩政権にとって非常に予定違いといいますか、当初考えていたようにはいかなくてですね、その後時間が経ってもなかなか事態が動かないままずるずると時間が過ぎていきました。
金正恩政権はなんとか局面を変えたいので去年の4月あたりから中距離短距離ミサイルの発射訓練をしきりに行ったり、アメリカトランプ政権を批判したりというようなことをするんですけれども、やっぱり事態が動かなかったんですね。それで去年の年末にとうとう「正面突破戦をする、我々は圧力に屈しない」ということを言い出しました。これにはトランプ政権と仲が悪い中国も北朝鮮に肩入れする形で、観光等を含めて支援をしようという局面になっていました。ところが1月末から新型コロナウィルスが世界的に蔓延し始めて、北朝鮮は中国との国境を自ら封鎖してしまいます。それで3月4月5月とほぼ貿易は壊滅的な打撃を受けてしまったんです。これでもう北朝鮮としては局面を打開をする手段がほとんどなくなってしまった。ここで大きく事態を動かすためには、韓国に相当なプレッシャーをかけて、もう断絶まで宣言するようなパフォーマンスが必要だという判断をしたんではないかと思いますね。


南北共同連絡事務所爆破はコストパフォーマンスが良かった？

速水：その結果がこの南北共同連絡事務所爆破ということにつながるわけですけれども、もっと他の手段、例えば核兵器の開発であるとか、さらには核ミサイルを潜水艦に搭載するというような話も出ていましたが、いくつかやり方がある中でこの南北共同連絡事務所を爆破したということの意味は何なのでしょうか。

石丸：一つは北朝鮮側から見ればコストパフォーマンスが良いと部分がありますね。潜水艦発射ミサイルをやる、もう1回核実験をやるとなるとまたアメリカも強硬になるのは目に見えているし、中国もそれは許さないという立場が一貫していますからね。これは非常に大きなリスクが金正恩政権にとって出てくるだろうと。今回南北連絡事務所を爆破してしまいましたけれども、これ自体は韓国に何か砲弾を撃ち込んだり銃撃した訳ではありません。つまり韓国を攻撃したわけではない。しかしこれは南北交流の象徴ですから、韓国社会には非常に大きな打撃とショックを与えられます。でも建物ですから、もしまた話し合いの局面に戻ることがあっても別の建物を使えばいい、または建物を立て直せばいいわけです。そういう意味で金与正氏の非常に激しい言葉、それから今回の爆破、おそらく明日かなり北朝鮮側が撮った映像が出ると思いますが、このパフォーマンスで事態を動かそうとするのはコストパフォーマンスが高いという判断があったんじゃないでしょうか。


金与正氏が前面に出ていることの意味

速水：今回の南北共同連絡事務所を破壊するんだという、強いメッセージと共に実行するということで前面に出てきたのが金正恩氏ではなく妹の金与正氏というのはどういう意味があるんでしょうか。

石丸：金与正氏は1988年9月生まれといわれていますから、まだ31歳ですね。彼女に何も実績があるわけじゃありませんが、今は特別な地位についていて、朝鮮労働党の中央委員会という核心部門の第一副部長という地位にあります。そして、北朝鮮で一番物を言うのはやっぱりロイヤルファミリーの家系の人間かどうかということです。北朝鮮で言うところの「白頭の血統」白頭というのは抗日革命伝説の場所とされていますけれども、この白頭の血統を永遠に保つんだということが北朝鮮の最高綱領に書かれているんですね。だから金正恩政権としては自分だけじゃなく、次の後継者も金一族の中から出したい、権力維持の体制を作りたいわけです。ところが金正恩氏も84年生まれでまだ36歳です。子供がいると言われていますが、10歳になっているかどうかですから、次の4代目を彼らとしては作りたいんだけれども、まだまだ10年以上先のことになるわけです。とすると、金正恩氏は130 kgともいわれている巨体で健康不安がある可能性があると、死ぬことは若いから可能性は低いにしても、長期的に執務できなくなるような可能性もありますよね。そういう時にロイヤルファミリーの中にナンバー2を置いておきたいということで、自分たちのロイヤルファミリー支配のための目的が金与正氏の浮上にあると思いますね。

速水：リスナーから「抵抗勢力というものはありますか ？やはり金一族以外では後継者は考えられませんか」というメッセージが来ているんですが、僕もこれを同じことを思いました。いわゆるその権力闘争みたいなものがキム一族以外の中でもある中で金与正氏に権力を一部掌握させている、自分の権力の一部を与えているみたいなイメージなんでしょうか。

石丸：そうじゃなくて、これはもう北朝鮮の鉄の掟ですね。鉄の鎖と言っていいかもしれませんが、一族支配以外できないような体制を作ってきたんですね。いろんな実力者はいますよ。軍隊、あるいは労働党の中に本当に長いこと基盤を置いて実力を持った人間はいますけれども、それが自分たちの権力を奪うというようなことが絶対に起こらないように、いろんな仕組みを作っています。ちょっとでもこのロイヤルファミリーに挑むような芽さえ見えたら、すぐに叩き潰すということが繰り返されてきたんですね。だからそれはもうほぼありえないだろうと思います。でも金正恩氏も、それから妹の金与正氏もまだ若いですから、色んな人間が若い彼らを操ろうとするかもしれない。そういうことを防ぐために金与正氏を早いうちからナンバー2に置いて、絶対服従絶対忠誠を兄妹に誓わせるような体制を作っていきたいという考えがあるんじゃないかと思いますね。

速水：なるほど。金与正氏は韓国側からもよく知られていると思うんですが、この人物を前面に出してくることには今回の戦略の部分が裏にあるわけですよね。

石丸：おそらくこれは金正恩氏とトップ2で役割分担をしているんじゃないかと思いますね。つまり最終的な決定者は金正恩氏。しかしながら金正恩氏が強硬な面もソフトムードも両方を一人で演じるよりも、金与正氏にあえて強硬な態度を取らせて、何か収拾が必要になった時には兄の金正恩氏が出ていくという形が考えられるのではないかと思いますね。金与正氏は韓国でも非常に知名度も高くなっていて、ファンクラブまでありますからね。

速水：ファンクラブがあるんですか！？人気者ってことですか。

石丸：そうですね一部で金与正さん萌～みたいな感じで支持するグループがあったりするんです。


北朝鮮はいま大変な苦境の中にある

石丸：それと今回リスナーの皆さんにも知っておいてほしいんですけれども、今北朝鮮は大変な苦境にあります。貿易も今年の3月と4月は、コロナの影響なんですけれども、去年と比べて90%減です。3月の輸出は対中輸出が、一国への輸出が日本円でたったの6700万円しかなかった。これは安保理の制裁を受ける2016年と比べるとたったの1%にしかならないんですよ。ほぼ壊滅状態です。それに対して北朝鮮の取材協力者たちも毎日のように言いますけれども、やっぱり凄まじい不満が今高まっている。そしてお金がないということは統治の危機にも結びつきますから、それに対しての危機感、このままじゃまずいから局面転換をしないといけないなという危機感がやっぱり強かったんじゃないかなと思いますね。

石丸：なるほど。いろいろ八方塞がりの中で、メディアなんかで流される金与正氏の映像なんかを見ていると、国内への向けた強い人格みたいなものを演じている部分があるんだろうなと思いました。北朝鮮に関しては明日も引き続きお話を伺います。石丸さんありがとうございました。


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