「牛」「牛肉」をめぐるあまり知らない世界の話

2020年6月8日Slow News Report



速水:Slow News Report今日は「牛肉」「和牛」のお話です。日常的によく触れている食べ物ではありますが、生産の現場についてはあまり知られていません。そんな話をお送りしていきたいと思います。お越しいただいているのは、日本農業新聞の立石寧彦さんです。立石さんは日本の一次産業の生産者とその業界の取材をされているんですが、今日はその中でも牛肉をテーマにお話をお伺いします。いま、和牛生産者から悲鳴が上がっているということなんですけれども、どういうことなんでしょうか。


和牛は海外でも評価が高い

立石:このコロナ禍で外食産業ですとか、外国人訪日客のインバウンド需要にかなり影響があり、そして輸出も止まってしまっているというところがあるのかなと思っています。

速水:僕ら日本人は外から輸入してくる牛肉は外食なんかでは触れる機会は多いんですけれども、日本の牛も海外に輸出されていたのですか。

立石:みなさんも「霜降り」という言葉は存知だと思いますけれども、日本の和牛は世界を探してもこれだけ霜降りに脂が入った牛肉というのはなく、そういったところが海外にも希少価値として受け入れられています。

速水:そういう霜降りであるとか日本の和牛がランドとして評価を受ける、そこまでにはかなり生産者の努力なんかがあったと思うんですが、今のコロナ禍の以前は和牛の海外での売れ行きはよかったのでしょうか。

立石:そうですね。近年は日本にいらっしゃる外国人の方が急速に増えていた時期がありまして、そういったところの一つの目的として「和牛」をあげていただいている方も多かったと思います。

速水:牛肉の中でも和牛は非常に高級な牛というイメージですが、「和牛」の定義を教えていただけますか。

立石:日本で育てられている和牛というのは、ほとんど黒毛和種という品種なんですけれども、実は他にも三種あってそれを和牛と呼んでいます。9割が黒毛和種です。その特徴というのは、先ほど申し上げたように非常に“サシ”の入った霜降というところと、世界にも稀な和牛の香り、ナッツであるとかそういった香りに例えられますけれども、焼いた時に非常に芳醇な香りがするという特徴があります。


牛肉輸入自由化をきっかけに「和牛」を開発

速水:そういう和牛をブランドとして育てていく過程についてお伺いしたいんですが、まず高級和牛が生まれてきたのはいつ頃なんでしょうか。

立石:品種交配が強まったのは最近で、平成3年1991年の頃からと考えています。

速水:本当に最近ですね。それ以前はそこまで和牛=霜降りという感じではなかったのでしょうか。

立石:そうですね。日本には牛肉の食文化というものが古くからあったわけではなく、それこそ明治維新で牛鍋というもので知られるようになったわけですが、ただそれも本当に一部のお金持ちが食べるものであって、一般庶民に来るまでには相当な時間がかかっているんです。牛は元々は田んぼを耕すための労働力であって、非常に大人しくて飼いやすい牛に育ててきたという経緯があったんですけれども、それを食べようというのは、トラクターなど機械化が進んでからということになります。

速水:そこから和牛をアピールするために品種改良であるとか、霜降りという“売り”を作っていくとか、そういったことが行われるようになったきっかけは何だったんでしょうか。

立石:先ほどの品種交配が強まったという平成3年に牛肉自由化というものがありまして、海外から大量に安い牛肉が入ってくるということになったんですね。その時に日本の生産者は、海外の肉とは違った高く売れる肉って何だろう?と考えた時に、霜降りの肉というのが考えられたということです。

速水:なるほど。それも考えただけでは出来るものではなく、おそらく生産者の苦労みたいなものも非常にあったわけですよね。

立石:そうですね。牛には一頭一頭お父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃんが書かれている戸籍がありまして、どの組み合わせがいいかというものを全国で研究者や農家の方がいろいろ試して残してきたんです。

速水:じゃあ一番優れた遺伝子を持つ牛が商品としてお店に並ぶわけですけれども、それは同じDNAを持った牛たちということなんでしょうか

立石:人工授精という方法が進んでいますので、かなり同じお父さんから生まれてくることがありますけれども、ただ子牛は一年に一回しかメスは産めませんから、全部が同じというわけにはいかないかなと思います。

速水:馬なんかも血統がありますが、あんな感じなんですか。


和牛にはおとなしいという要素も必要

立石:そうですね。ただ馬の場合は本当に速く走るという一点があるかと思うんですが、牛の場合は大人しさだったり、よく子供を産むとか、肉になった時に量が取れるとか、いろんなポイントがあるんですよね。

速水:おとなしい性格というは、それが味につながるんですか?

立石:一つは農家さんが怪我をしにくいということがあります。本当に何百キロという牛にぶつかったりすると危ないですから。そして、おとなしいと動かないですから、当然カロリーを消費しませんので、餌も効率よく食べてもらえるということがあります。

速水:優しい牛というのはたっぷり脂肪を蓄えやすいという性格でもあるということですね。

立石:そういう側面もあるかなと思います。


すき焼き 最近食べてない?

速水:僕らは牛肉自体は非常に馴染んでいるところがあるんですけれども、和牛となった瞬間にちょっと高級で縁遠くなってしまいます。この辺の海外の評価と日本の評価の違いって何なのでしょうか。

立石:もちろん海外からせっかく来ていただいた方により良いものを食べていただきたいというところはあると思います。海外の牛肉に比べると脂の量は和牛のほうが大体倍くらいあったりするんですが、そういったすごく難しいものを作っていくというのに2年くらい育てなきゃいけないんですね。さらに豚とか鶏が美味しくないわけではないんですけれども、それに比べてさらにもっとおいしいぞというインパクトを与えるためには、すごく丁寧な管理をされているというところがあります。

速水:和牛って鳥や豚なんかに比べると何倍くらいでしょうか。高いですよね。

立石:そうですね5倍くらいだと思います。

速水:僕たちがその値段のものを買って贅沢品として食べるとなると、5倍の効用というか、おいしさみたいなものを求めるわけですけれども、5倍おいしいと消費者が納得するものを作るのって簡単じゃないですよね。その努力をすごくされているんだろうなと思いました。先ほど「SUKIYAKI」という曲をかけましたが、そういえばすき焼きって最近食べてないなと思うんです。

立石:統計を調べてきたわけではないんですけれども、和牛の肉って高いじゃないですか。買ってきて食べた時にやっぱり失敗したくないなと皆さん考えると思うんですよね。そうすると焼肉って味を想像しやすいんですけれども、すき焼きって本当に適度に火を通してさらに世界でも珍しく生卵に浸けて食べられるわけですね。そういう意味で言うと、ちょっと調理が難しいというところはあるのかなと思いますね。


「和牛」今後の課題

速水:コロナ問題を受けた経済支援策の一つに「和牛券お肉券」というのが話題になりました。これは結局今の時期に必要なものじゃないだろうとか、特定の業界だけに向けた事実上の補助金になるようなものになるんじゃないかという批判もあったと思うんですが、このお肉券が出てきた背景みたいなものが実はあると伺ったんですけれども。

立石:ちょっとタイミングが良くなかったのかなという部分もあるんですけれども、一方では牛肉というものが我々の本当に身近にあるのかというところがあったと思うんですね。本当に喜んで頂きたいというのは一つ会ったと思いますし、和牛というものに近づいてもらいたい、味をもう1回確認してもらいたいみたいな思いもあったんじゃないかと思います 。

速水:今少しずつ外食なんかも戻ってきますが、和牛業界としての課題であるとか、問題があったら最後に伺いできますでしょうか。

立石:先ほどの霜降りを改良していこうというところは平成の30年間である程度のところまで達成できたのかなというのが業界の見方に一つあります。皆さんには和牛=脂というイメージがついてきているところがあるかと思います。

速水:今は赤身ブームとかがここ数年来てたりするので、避けている方なんかもいますよね 。

立石:ただ和牛の脂はオレイン酸といいまして、オリーブオイルに多いとされているのですが、体にはいいい油だと言われています。一方で先ほどおっしゃっていただいたように、消費者の皆さんにもいろんな好みがありますから、そういったところに高いレベルで答える。柔らかくて美味しい肉という中で、脂をいろいろ選べたりだとか、そういったいろんな生産の形態をこれからも模索していくことになるかなと思います。

速水:そして和牛の多様性の問題というのも今後の課題としてあると聞きました。

立石:種雄牛はかなりたくさん子供を産んでもらっていますけれども、そうすると同じお父さんばっかりになってしまいます。どうしても生き物って同じ親だけだとちょっとおかしくなる可能性が出てきてしまうので、そういうものを避けるためにいろんな計算だったり、いろんな組み合わせを考えていくというところが大変なのかなと思いますね。

速水:専門家が作った牛ですよということで同じ父親を持つ牛を僕らは質の良い牛として食べるんですけど、一方で生産する立場とすると、同じお父さんだけでずっと交配を続けていくこともできないわけですね。多様性と品質管理のバランスを取ったところで生産の課程を考えなければいけないところもあるわけですね。最後は皆さんのメッセージなんかも読みたいと思います「そもそも和牛は高すぎる。安月給な私にとって日常的に食べられるようなものじゃない。安くならないのかな」 という質問があるんですけれどもこれはどうですか。

立石:やはり高級なものというイメージを狙って作り上げてきたものというのもありますので、そこはなかなか難しいかもしれません。

速水:価格を高くするために、それに見合った品質を作ってきたという意味では、たまには皆さんもちょっと財布を振り絞って高いものを食べましょうということになるかもしれませんね。本日は牛肉、和牛のお話を日本農業新聞の立石寧彦さんに伺いました。ありがとうございました。


 今すぐ聴く