生まれなかった命と、その悲しみのケア

2020年5月13日Slow News Report


速水:Slow News Report 今日は Yahoo ニュース特集編集部の一木菜那さんとお送りします。今日のテーマは「生まれなかった命と、その悲しみのケア」というテーマです。一木さんは流産をした方の取材にずっと当たってきたということなんですが、このテーマを取材するきっかけというのは何だったんでしょうか?


元気に生まれてくるのた当たり前じゃない

一木:友人が流産の経験を話してくれたのがきっかけで調べてみたら、妊娠の15%前後が流産になっているということ、死産が年間2万件ほどあるということがわかったんです。いろいろ話を聞いてみると、自分の身内だったり、友人職場の人にも流産や人工妊娠中絶を経験されている方がいたので、本当に多くの人が赤ちゃんをなくしているんですね。ですので、自分の家族も経験する可能性があるなと、そうなった時にどうしたらいいのか、何ができるのか知りたいと思って取材を始めました。

速水:一木さんが取材された小山さん(仮名)という女性はどういう経験をされた方なんでしょうか?

一木:小山さんは19年前に妊娠5ヶ月半の赤ちゃんを亡くしました。妊娠して3回目の検診に行ったときに医師から赤ちゃんの心臓が止まっていると言われたそうです。多くの人が妊娠したら元気に産まれてきて当たり前だと思っているんですが、小山さんも同じように思っていたので、呆然としてしまったとおっしゃっていました。妊娠中にお腹の中で赤ちゃんが亡くなってしまっても、生きている赤ちゃんと同じように12週を過ぎると分娩室で出産しなければならないんですね。小山さんも分娩室で出産されたんですけれども、隣の部屋では元気に産まれてきた赤ちゃんの声が聞こえてつらかったということも話していらっしゃいました。


流産、死産を経験した女性は自分を責めてしまう

速水:それにどんな気持ちで向き合えばいいのか、ちょっと想像ができないものがありますよね。こうした経験をした女性の悲しみをケアするのは難しいそうですね。

一木:まずケアというもの自体が知られていない、ケアが必要だということが広がっていないということもあるんですけれども、大きな理由として母親が自分を責めてしまうということもあります。もうひとり取材した方がいらっしゃったんですが、その方が言っていたのは「あなたのせいじゃないですよ」といくら周りから言われても、あの時食べたものが悪かったとか、あの時転んだからだとか、自分のせいだと思って責めてしまうんですね。ですのでケアをするという発想になりにくいということが一つあるようです。もう一つは、過ごした時間がすごく短いので、思い出が少ないし、その思いを語る場所も少ないということがあるようです。

速水:何かしら自分の心の中でケリをつけたいと思っても、その材料すらない中で、ひたすら自分を責めるというような思考回路に陥ってしまう。そうなると周りができることも非常に限られてくるんでしょうね。いまのコロナウイルスの影響でさらに悩みを抱えてしまう女性もいるそうですね。

一木:コロナウイルスの影響で、病院によっては面会を中止しているところもあると思うんですね。死産や流産となってしまった方も、家族と面会したり付き添ってもらったりということが、普段はできていても今はできない。悲しみを相談したい、話したいとなっても家族や友人に直接会いにくいし、地域によっては当事者のグループなんかもあるんですけれども、そこにも参加しづらいということがあって、悲しみを一人で抱え込んでしまうリスクがより一層高まってしまっているんじゃないかと思います。

速水:当事者のグループというのはどういうものなのでしょうか。


死産、流産を経験した女性へのケア

一木:同じように赤ちゃんを亡くした方が集まっていろいろ活動をしています。お話をする会を開いたり、記念品とか赤ちゃんのためのものを作ったりしています。今お話しした小山さんが入っているグループは天使のブティックといって、亡くなった赤ちゃんのために小さなお洋服を作って病院や希望者に送っている団体です。今回はラジオに出るということでお話を聞いたら、やっぱり小さなお洋服の依頼は今も絶えずあると言っていました。

速水:思い出を語る材料がない、姿形もない、抱きしめることすらできなかった赤ちゃんに対して、何かものとして残してあげることは非常に良いケアになるということを当事者の方々が考えて動かれているということですね。

一木:そうですね。もしかしたら思い出の品はエコー写真しかないということもあるんですけれども、決して思い出の品が全く作れないというわけではなくて、後からその子のために思い出の品というか、そういうものを縫ってあげたりとか、命日に物を買ったりとか、そういうものもケアになるし、そういうことでも救われると言っていました。

速水:一木さんが取材されていて、今の医療状況の中でこういう死産、流産に気を使うようにはなってきているのでしょうか?

一木:ハイリスクな出産を扱うような大きな病院というのはとても進んでいたんですけれども、一方で小さな病院はまだまだそこまで手が回っていない、まだまだ進んでいない部分もあります。

速水:その中で、例えば統一のガイドラインみたいなものはないのでしょうか。

一木:日本にはないですね。ガイドラインがないということで、処置をして事務的な手続きをして終わりという病院もあるみたいなので、そこは課題なんじゃないかなと思います。

速水:海外の状況は参考になったりすることってあるんでしょうか?

一木:専門家の方に伺ったんですけれども、イギリスやアメリカには統一のガイドラインがあるそうです。情報がインターネット上に一つにまとまっていて、医療者や当事者、当事者の家族がもしこういう状態になった時に、どういうことが起こって、どういうことがしてあげられるのか、といったことがいつでもどこでも確認できて、地域でのケアにつなげる仕組みができている国もあるそうです。

速水:いろいろ取材をされてきた中で、今後はどういうケアがあればいいと思いますか?


病院、地域、家庭でそれぞれのケアの選択肢を

一木:まず病院なんですけれども、進んでいる病院だと小さく生まれた赤ちゃんのためのお洋服ですとか、手形、足形を取る用意があったり、家族が亡くなった赤ちゃんとお洋服を着て一緒に過ごせる時間をとったり、病院の屋上を散歩したりできるような病院もあります。また、病院から当事者グループやカウンセリングなんかを紹介して、病院から退院した後も 地域のケアにつなげるということができていますね。ですので、病院と地域と家庭とそれぞれの場所でケアの選択肢を用意することが理想なんじゃないかなと思います。

速水:ケアできないままでは、次の出産に足踏みしてしまうということもあるそうですね。そういう意味でもケアは非常に重要だということですね。メッセージも読んでみたいと思います「自分は二人の娘を授かる前に一人の子を流産しています。不妊治療の末、授かった初めての命だったので、嫁さんから子供が流産と聞いた時に何てリアクションしたらいいかわからず、あんたは冷徹な人だねと言われました。流産の事実は男としては本当に受け入れ難いものですが、あの時なんて声をかけたら正解だったのかなと今でも思います。」というメッセージ、本当にこれはどういう言葉をかけていいかわからないというのが正直なところだと思うんですか、その辺はどう触れたらいいんでしょうか?

一木:本当に難しいと思います。取材に答えてくれた小山さんは、「誰かに話して一言共感してもらえるだけで、いっぱいいっぱいの人は救われるんです」と言っていたのが印象的でした。やっぱり悲しみというのはその時だけじゃなくて、後から思い出している方とかもいると思うんですけれども、「いつでも話していいよ、あなたのことを大切に思っています」ということを伝えてあげるということが大事なんじゃないかなと思います。正解というのは難しいんですけれども、家族の間で解決するのが難しかったら専門家とか当事者グループの力を借りるのもいいと思います。奥さんだけじゃなく、お父さんの方も行って一緒にお話しできるというグループもあるので、そういうところに参加してみるというのもいいと思います。

速水:正解があるわけではない。おそらくいろんなケースがあるし、思い出したい場合と思い出したくない場合、思い出すら辛い場合もある。これはおそらく答えはない話なんだと思うんですが、一人にさせないみたいなことの気遣いは必要なのかもしれないですね。


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