DVオトコに聞いてみた

2020年9月29日Slow News Report


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速水:Slow News Report 今日は2度目のご出演、ライターのニシブマリエさんです。よろしくお願いします。ニシブさんは、普段はジェンダーや多様性をテーマに取材をされているということなんですが、今日のリポートのテーマは「DVオトコに聞いてみた」です。今、コロナ禍でも非常に増えているという話なんかも聞きますが、これ、被害者の話は聞くことは多いんですが、今日は加害者のお話ということですね。ニシブさんは DV をしている本人に取材されているんですか。


DVとは身体的暴力だけではない

ニシブ:横浜にNPO 法人ステップというところがあります。被害者支援を行いつつ加害者更生支援もしている団体なんですが、そこのプログラムを見学に行きまして、実際に参加されている元加害者の方々と知り合うことができて取材に至りました。

速水:被害者、加害者の性別ってはっきり明確な傾向ってあるんですか。

ニシブ:10年ほど前は加害者の90%以上が男性だったんですけれども、最近はちょっと比率が変わってきまして、昨年の警察庁が出しているデータによると、男性の加害者は8割、女性が2割と、徐々に女性の加害者も増えてきているという状況です。

速水:とはいえ、やっぱり男性が加害者になるケースが多いですね。取材されたのも男性だと思うんですが、どんな方でしょうか。

ニシブ:今日ちょうど東洋経済オンラインで記事が出ているんですけれども、中川拓さんという方に取材をしました。中川さんは今宮崎に住まわれている方で、更生プログラムに通うため、横浜のステップまで定期的に1年間通われて、今年の2月に終了をされました。今は宮崎で同様の加害者更生プログラムを立ち上げられたという方です。

速水:この中川さんのケースではどういうDVがあったんでしょうか。

ニシブ:まず DV の種類についてお話をしたいんですが、DVというと殴るとか蹴るとか、身体的な暴力が一番に浮かぶと思うんですね。ただそれだけではなくて、DVというのは関係性の暴力のことを指します。もちろん身体的暴力もそうですし、例えば言葉の暴力のような精神的攻撃、監視、過干渉もそうです。他にはお金を渡さないなどの経済的圧迫、それからセックスを強要したり避妊に協力しないという性的強要もDVにあたります。中川さんの場合は、怪我をしてしまうほどではなかったものの、ポンと軽い感じで叩いたりすることはあり、主には精神的攻撃ですね。言葉で「本当にダメだな」とか「死ね」とかそういった言葉をかけていたそうです。

速水:いわゆるDVというと、束縛みたいなこともちょっと思い浮かびますが、相手の行動なんかを束縛したり、携帯のやり取りを見たりとかそういうことも含めてDVですか。

ニシブ:そうですね。主従関係を作ることが DV です。

速水:中川さんのケースではDVの自覚なくやっている。これが暴力であるというところが問題なわけですよね。


被害者にも加害者にも当事者の意識が無い

ニシブ:そうなんですよね。中川さんも妻も第三者が入るまでこれが DV だということに気づかなかったそうなんですね。妻の亜衣子さんが家を出て行かれて、警察に電話をしたそうなんです。その時に初めて DV だと言われて、自分がされていたことが DV だと気付いたとおっしゃっていました

速水:被害者のほうも自覚って無いものなんですか。

ニシブ:自覚がないどころか、むしろ意識がねじれているんですよね。加害者に被害者意識があって、被害者に加害者意識があるんですよ。例えば DV の加害者側はいつも被害者側に原因があると思っているんです。いつも言っていることを守らない、自分は我慢をしている側だという意識があるんですよね。反対に被害者側は、暴力を振るわれたりとか暴言を吐かれても、すぐにこれが DV だとはならないですよね。多くの場合、どうして怒らせてしまったんだろうと思うんじゃないかなと思います。ですので被害者側の方はむしろ加害者意識があったりするんですよね。

速水:このコロナ禍で特にそういうところがありますが、イライラするのは自分が原因だとは思わないで、自分の家族が原因だとしてそれを突きつけている。これは非常によくある DV のケースなんじゃないかと思うんですが。

ニシブ:そうですね。まさにこの内容を加害者更生プログラムの中でも紐解いていくんです。更生プログラムというと根性論とか気合というように思いがちなんですけれども、私が取材したステップはそうではなくて、心理学に基づいてプログラムを組まれています。例えば選択理論というものがあるんですけれども、自分の行動は自分の選択であると理解することでより幸せになれるという考え方です。電話が鳴ったからとるのではなく、電話が鳴って私がとりたいと思ったからとるという考え方。これを DV に当てはめると、相手が自分を怒らせるのではなくて、相手はこういうことを言い、自分が怒りを選択した。自分でこの関係性を作ってきたという自覚を持つことから始めていきます。

速水: DV を続ける側の理屈みたいなことってどうして生まれるんだと思いますか。


DVを生む“べき”論

ニシブ:私が取材で会った方というのは、言葉を選ばずに言うと普通なんですよね。多分クラスにいたら人気者だろうなという方も少なくなくって、しっかりされていて、真面目なんです。でもそういう方は家庭に入ったり、近しい関係性の中に行くと、おそらく自分の“べき論”みたいなことが強く出るんじゃないかなと思います。リーダーシップがあるタイプで、自分が決めなきゃいけないという、いわゆる男らしさみたいなものも関連しているのかもしれないです。

速水:家族はこうあるべきだとか、夫婦とはこうあるべきだという、自分の中の論理があって、それを相手に押し付けてしまうということですね。

ニシブ:誰にでも“べき”ってあるはずなんですよ。こそういう自分の中の理想、“べき”の世界のことを上質世界というんですが、プログラムの中では他人は違う上質世界を持っているということを学んでいくんですよね。

速水:そうか。相手にも相手の考え方があるということをそもそも理解していない可能性があるんですね。

ニシブ:ですので、こういったところで関係性の構築の仕方を学んでいくんです。暴力で従わせるのではなくて、交渉するという健全な関係性の築き方ができるようになるということですね。

速水:その上質世界の実例みたいなことを上げていただきたいなと思うんですけども。

ニシブ:中川さんに、どういう時に怒ってしまっていたんですか?ということを聞いたことがあったのですが、「凄い些細な事なんです」とおっしゃるんですね。例えばカレーには福神漬け、らっきょうだとか、とんかつにはソースだとか、一回ならいいけど何回も同じことを言わせるなよということで説教が始まっちゃったりするみたいなんですね。

速水:外から見ると滑稽にも見えるんですけど、奥さんの亜衣子さんの側もそれを用意できない自分が悪いんだというふうに陥ってしまったということですね。

ニシブ:やっぱり相手から「なんでできないの?」と言われ続けるので、自分自身に対しても自尊心が失われていくんですよね。

速水:なるほど。今の話を聞いて非常に思い当たることがあって、自分の母親に対してなんですが、僕はカレーが苦手で、母親が目の前でカレーうどんを食べていたシチュエーションで「頼むから俺の前でカレーうどんは食わないでくれ」と言ったことがあるんです。これはまさにさっきの話を全然笑えないですよね。今考えてみれば自分がどけばよかったし、相容れないものがあったとしても他人に押し付けることはないわけですよね。これは完全にDVで、ちょっと謝罪しなきゃいけないなと。

ニシブ:いやそうなんですよ。私も1年以上取材しているんですけれども、もう全然他人ごとじゃないんです。本当にこういうことって日常にあふれているんだなとすごく自覚しました。


加害者としての自覚を持つ

【中川拓さんのお話】
ニシブさんのように参加されていた見学者や取材の方が、「実は私も妻を叩いた」とか「今日のプログラムは自分のことのように聞いていた」とか、そういう意見が本当に少なくなくて、それを聞いているうちに「ここが加害者のテーブルで、あそこが見学者だよね」という線が消えていくのが見えたんです。もしかしたら加害者はそこら中にいるのかもしれないということが分かってきて、「私は加害者になったけど、でも加害者になれたんだな」と思ったんです。加害者にさえなれない人がいっぱいいるんですよね。


速水:今の声は中川拓さんのご発言ですね。「加害者になれたんだ」という言い方をされていますが、これは自分が加害者であることを自覚ができたということをおっしゃっているわけですね。

ニシブ:そうですね。1年間更生プログラムに通われる中で、先ほど私たちが話したように、そこら中に関係性の暴力があるということにお気づきになったみたいです。自覚がないまま人を傷つけている人たちもたくさんいる中で、自分は加害者意識を持つことができて、自分の弱さを認めて学びに入ることができたという意味での「加害者になれた」というご発言だと思います。

速水:その後の中川さん夫妻はどうなったんでしょうか。

ニシブ:一年間のプログラムなんですけれども、中川さん達は8ヶ月経過時点で別居を解消して、その後一緒に住むようになったとのことです。

速水:加害者更生プログラムを経て、二人はもう一度夫婦としてやり直すことができたんですね。

ニシブ:妻の亜衣子さんも最初は半信半疑だったとおっしゃっていたんですけれども、夫の拓さんが毎日のように謝罪のメールを送ったり、ステップで何を学んでいるかということをメールで送られていたりとかした上で、実際に行動も変わってきたとおっしゃっていたんですね。例えば呼び方も以前は「お前」とか「おい」としか呼ばれなかったのが、「亜衣子さん」と呼ばれるようになったりとか。

速水:メッセージを一読みます。「こうあるべき論理、自分は完全にこういうルールなんだという世界観。こういうのをちょっとわかってしまう自分がいます」というメッセージです。これは僕も完全にそうなんですよ。自分の中で“こうあるべき”という、「カレーライスって、じゃがいもをご飯にかけて食べるなんてありえないよ」ということをわりと強くアピールしてしまったりするんですけど、こういう主張をする自由があるでしょうと思っているところがまだ僕にもある気がするんですよ。

ニシブ:私も分かりますね。ただ、やっぱり違いがあるのは仕方がないことなんですけれども、それを伝えるのに“怒り”という手段を用いるかどうかだと思いますね。冷静に「私はこういうものが好きだ」というのは交渉なんですよね。でもそこで怒りを用いてしまうと、それは批判になり、ガミガミとしたお説教になり、そこには主従関係がうまれてしまいますよね。

速水:そういった更生プログラムを経て、夫婦としてもう一度一緒にやられて、しかも中川さんの場合は自分自身も支援活動を始められているということなんですね。

ニシブ:一般社団法人 エフエフピーという団体を立ち上げて、ご自身が受けてこられた加害者更生プログラムを提供されています。全国からオンラインで相談を受けているそうなんですけれども、今10人くらいの方から相談を受けているそうです。


加害者を更生させるための法的なアプローチが日本にはない

速水:そういったように施設や更生プログラムができたりしているような進展がある一方で、まだ遅れている部分もあるんですよね。

ニシブ:日本の場合、法は家庭に入らずということを原則に法律ができているので、家庭の中の暴力って20年前までは犯罪じゃなかったんですよね。厳密に言うと今も犯罪ではないんですけれども、2000年に児童虐待防止法ができて、翌年の2001年に DV 防止法ができて、それで初めてパートナーだったり親だったりが加害者になりうるということが明示されたんです。ただ条件付きで、被害者の告訴がないと逮捕できないことになっているんですね。だから被害者が被害者意識を持つことが重要なんですよね。

速水:なるほど被害者に自覚がないと告訴なんてできないで埋もれてしまうわけですよね。そういった、まだまだ埋もれている DV がおそらくたくさんあるであろうということですね。じゃあその先に一歩進むとすると、何をすべきなんでしょうか。

ニシブ:例えばカナダは DV対策についてすすんでいると言われているんですけども、裁判所命令で更生プログラムを受けさせるということができます。DV の程度が比較的軽微な場合は、刑罰ではなくて更生プログラムで代替させるというアプローチがあります。ただ日本の現状は期限付きの保護命令だけなんですね。接近禁止命令と退去命令で、退去命令も2ヶ月という期限付きなんです。どういうことかと言うと、加害者に出て行ってもらうんじゃなくて、自分が出て行くための荷造り期間としての2ヶ月なんですね。なのでまだまだ加害者を変えるための法的なアプローチというのが日本はないんですよね。

速水:緊急避難として DV の状態にある人を救うんだという考え方においてはちょっと進歩してきているんですけれども、もうちょっと根本的に解決するとなると、加害者の側をどうするのかというところに関しては、まだ踏み込む余地があるんですね。
今まで認知されていなかった部分が少しずつ理解とともに変化している部分、可視化されてきている部分がちょっと変化しつつあるのかなという気もしました。今日はライターのニシブマリエさんに伺いましたありがとうございました。