日本人は“匿名”が好き?

2020年8月24日Slow News Report



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速水:Slow News Report 今日はジャーナリストで専修大学文学部ジャーナリズム学科教員の澤康臣さんにお話を伺います。前回は「パナマ文書の舞台裏」というテーマでスリリングなお話をお伺いしましたが、今日のテーマは「日本人は匿名が好き?」というテーマです。匿名と報道の問題について、日本特有の文化の部分があるんじゃないかという話なんです。例えば最近のコロナウイルスをめぐる報道なんかでも、海外と比較して端的に違いが表れているそうですね。


コロナ感染者の実名報道

澤:日本の報道のしかたとアメリカ、イギリスでは違うところがあるんですね。特に顕著なのは、日本だと亡くなった方、感染された方はどういう方なのかということは、テレビでも新聞でも報道されることはまずないですね。

速水:何県は何名コロナが原因で死者が出たという、数字としては出ますが、誰がというのは出ませんよね。

澤:そこが日本の特徴なんです。例えばニューヨーク・タイムズだとかイギリスのガーディアンを見てみますと、亡くなった方の特集ページというのがあるんですよ。どこの誰々さんが亡くなったという紹介が並んでいて、もう何十人、場合によっては何百人の方の紹介をしてる。ひとりひとり顔と名前が載っているんですね。

速水:それは日本人からすると違和感がある気がするんですが、どういうことなんでしょうか。

澤:まずこの記事を読んでみてどう思うかということなんですが、ひとりひとりの人生が書いてありますので、読んだ側からすると「コロナというのは本当に人を殺すんだ。こんなにたくさん人を殺しているんだ。」と思うわけです。しかも決して有名な方とか偉い人の死んだ話ではないんです。普通の方のことが載っているんです。ということは、自分とか自分の親戚、父親かもしれないような人たちの話なので、まさに自分のいるこの社会で起こっていることだなと強く実感するんです。

速水:なるほど死者数50名とか53名という数字が出てくるのと、どこの誰さんという名前がでてくるのでは、やっぱりこちらの真剣度が違いますよね。直接その人を知らなくても、名前があることによってその背景に個々のストーリーがあるのが見えてくるみたいなことってありますよね。

澤:やっぱり人間味が全然違います。みなさんは新型コロナウィルスについて、これやばいな、人が死ぬんだと最初に思ったのってどの場面でしたでしょうか。私の場合は志村けんさんが亡くなった時ですね。

速水:確かにそれは非常に大きい影響を与えましたよね。
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澤:もちろん私も志村さんをよく知っているわけでは全くありません。テレビでちょっと見たことあるという程度です。ただ、人が死ぬんだという、非常にショックな現実に引き戻されるような感覚がありましたね。

速水:そうですよね。これはコロナウイルスの問題だけではなくて、例えば911同時多発テロのときもグラウンド・ゼロに碑ができていますが、そこでは顔写真と名前が全員出ている。それも非常に日本人の感覚とは違うなという気もしますし、犯罪において被害者の実名を報道するというのも海外と日本では違いますよね。


被害者の実名を報道する意義

澤:そうですね。私がニューヨークの支局でニューヨーク特派員として記者をやっていた時の事なんですが、小学校で乱射事件がありました。小学校で1年生の子供達が20人、先生達も何人も殺されるというとんでもないひどい乱射事件だったんですが、それを伝えるニューヨークタイムズの一面には、その亡くなった犠牲者の方々のお名前がど真ん中に非常に大きく掲載されているんです。私はそれを見た時に心の中で手を合わせる気持ちになったんですね。その時覚えているのは CNN のニュースキャスターのアンダーソン・クーパー という大変有名な方ですが、その人は子供たちをはじめとする被害者の名前を一生懸命呼ぶんです。ところが加害者のアダム・ランザについては「私はもうこの男の名前は呼びたくない」と。つまり名前を語ること、顔を示すことで、リスペクトというか、社会としてあなたのことを尊重しますよということであるわけです。

速水:被害者のことを“その他大勢”とするのではなくて、個々の名前を出すことによって、その人自体をみんな記憶しようということになる。一方で、加害者の名前を出すことに関しては、社会にこの人の名前を残すべきではないというのが今のアンダーソン・クーパーさんの発想であるということですね。同じような話が最近あったことを思い出したんですが、ニュージーランドの首相の話で、あれも銃乱射事件でしたが、やっぱり被害者の名前を出すことに関しては、被害者のことを忘れないんだ、みんなで受け止めるんだという、ある種共通した認識があったわけです。でも日本だと名前を“晒す”と言われたりしますよね。

澤:そうですね。“晒す”ってよく言いますよね。それがよく使われるようになったのは2000年頃からでしょうか。匿名掲示板の2ちゃんねる、今は5ちゃんねるですか、そういうところでよく使われるようになったと思います。つまりそこで名前を公表することが攻撃目的であるかのような文化が広がっていったような気はします

速水:実名を追求し、それで実際に“電凸”みたいなことをしたりという、ネガティブなことが実名と結びついていることが多いんですかね。

澤:これは本当に日本的だと思います。実際には、僕は日本の人というのは本当に優しいと思いますよ。治安もいいですしね。実際困っている人、傷ついた人、遺族になった方がいれば、何か支援をしようと思うのが普通の人じゃないですか。実際に花束を贈る人だっています。ある犯罪被害者の方がブログで書かれていましたけれども、報道されてから、自分が集め始めた署名に皆さんが応じてくださるようになったと。やっぱりそれが基本なはずなんですね。ところが何か情報を知ったら、揶揄するだろう、攻撃するだろうという不信がすごいありますね。

速水:なるほど。その一方で、匿名が多い部分というのも肌感覚的に理解できるところもあるんですよね。被害者の実名であるとか、コロナで亡くなった方の実名であるとか、例えばリスナーの方も多くがラジオネームを使っていたりという、そういった匿名文化というようなものもある中で、なぜメディアは実名にこだわるんでしょうか。


歴史の記録という意味での実名報道

澤:ジャーナリズムということで考えると、ジャーナル=記録、歴史ですよね。これは世界的に言われている言葉なんですが、ジャーナリズムは歴史の最初の原稿である、最初のドラフトであるということ。つまり、ニュースでは最新の出来事を伝えます。でもこれはすべて過去の出来事ですね。それをいち早く記録をして残しているものなんです。これはやはり歴史を記録する、つまり検証の役に立つものでないといけないんです。これは大原則だと思います。例えば織田信長という名前が無かったとして、ある男性武将が天下統一を目指したが志半ばで倒れてしまったと言っても、それは話としては通りますが、

速水:名古屋出身の N さんでしたみたいな(笑)

澤:でもそれだと歴史としてはやっぱり形を成さないし、そもそも検証不能な情報ということになってしまいます。

速水:僕たちは短いスパンの話でニュースというふうに考えてしまいますが、それは結局長いスパンで考えた時の第一歩であるという視点がまずジャーナリズムにはあるんですね。歴史上の人物の名前というのはパブリックな公共の存在みたいなところがありますが、ネットで名前を“晒す”ことと、メディアの実名報道の違いみたいなところを考えたときに、そっとしておいてあげようというような感覚、たとえば被害者の実名を報道することでマスコミが殺到してしまうからみたいなところって、ちょっと矛盾しているところもあると思うんです。澤さんは大学生に教えていて、実名で報道することの意義について、若い学生たちはどう受け止めていますか。

澤;やっぱり今の世代、特に二十歳前後の方というのはどうしても“個人情報”という言葉がものすごいキーワードになっていますね。個人情報保護法が成立、施行されたのは2003~2005年の頃ですけれども、個人情報というものに下々の者が勝手に触ったり、勝手に話してはいけないんだというような、そういう感覚が非常に強いんです。

速水:“メディアごときが”なんていうことになるわけですよね。個人情報なんか晒して何をしてくれるんだ!?という考え方は、ネット文化に生きていると分からなくもないなという気もするんですが、その弊害はどういうことがあるんでしょうか。

澤:やはりいちばん重要なことは、誰が何をやったかという記録が残らないと検証ができないということです。例えば今からもう80年も前になりますけれども、関東大震災の時にコリアンの人たちがいっぱい殺されるという事件がありました。それが実際にあったのか、なかったのかという議論をする人は今でもいますけれども、当時の新聞には犠牲者の方とか生き延びた方の実名が出ているんですよ。そうすると、それが本当かどうか検証するタグがありますよね。実際に検証されている方もいっぱいいらっしゃいます。当時の新聞を元にして、実際にこういうことが起こったということを確定することができますし、逆に当時の新聞にはデマも載っていましたが、デマかどうかも調べられます。

ちょっと一通ツイッターで質問が来ています。「週刊誌などの“関係者”って匿名ですよね。本当に存在するんですか?」 という質問です。これ確かにありますよね。

澤:これは本当に重要なご質問ですね。週刊誌だけではなく、どのメディアでも新聞、テレビでもあります。つまりもっとも典型的なパターンとしては内部告発をするような場合はそうなります。

速水:取材源の秘匿というのはジャーナリストのルールですよね。

澤:つまり誰がしゃべったかということがばれちゃうと組織にいられなくなる。しかしこの情報は社会にとって正義のために必要だから、不正を暴くために必要だから匿名にする。これが最も典型的なパターンです。ただ、今ご質問された方が多分疑問に思われるのは、そうでもない話でも「関係者によると」ってなっていないかということだと思うんですね 。

速水:芸能ニュースでも、根も葉もなさそうな話が「詳しい某氏」とか「関係者によると」という形で、適当に話し作っているだろうと思うときありますよね。

澤:おっしゃる通りですね。そういうふうに思われる方が当然いらっしゃると思うんです。アメリカでもイギリスでもそうなんですが、こういう匿名情報源も繰り返し問題になっています。

速水:乱用しすぎると信用されなくなりますよということですよね。

澤:本当にそういう人はいるのか?ということもありますし、あるいはこういうニュアンスで話したの?ということもあります。実名だと「自分はそういうつもりで言っていない」と怒る人もいますが、匿名だとそこまで厳しく言われない場合も多いですよね。そうするとじゃあ誰が損するの?と思われるかもしれないんですが、それは事実と若干違う情報をつかまされた人がいちばん損をしているんです。

速水:それは社会全体ですか。

澤:おっしゃる通りです

速水:後世から検証不可能な話として事実ではない話が伝わること、それ自体不利益であるという話、まさに今日の話は「誰の利益なの?」というところに行き着きそうな気がするんですが、ちょっと話を本題に戻します。遺族への配慮で匿名にするというのは、すんなり日本の中で受け入れられているというのがここ近年の話でもあるんですが、それとは違う話として、もっと社会に対して責任がある人の報道をする時に匿名でいいのか?という話もありますよね。


権力者を監視する意味での実名報道

澤:社会的な責任のある人、権力を持つ人、社会的な影響力がある人の問題点を書く記事なのに、実名で書かれていないものが散見されるということが気になるんです。実際に最近気になったケースを申し上げますと、もう半年以上前になりますけれども、名古屋の裁判所の裁判官の審議の仕方に問題があるんじゃないかということで、地元の弁護士達から批判を受けているという記事なんです。これは権力のチェックという意味では大切な記事だと思うんです。ところがその裁判官の名前が匿名なんですね。裁判官というのは人を逮捕していいか許可をする立場にある人です。もちろん有罪無罪の判断に関わる人です。ものすごい権力のある人で、しかもその権力行使の是非が問題になっている記事なのに匿名というのは、これは少なくとも英米では絶対に通らない記事だなと思いました。

速水:裁判官の誰々がということが非常に重要なジャーナリズムの要件なのに、実名がない記事というのは、これは報道上はやっぱり絶対にあるべきではないというのが原則なんでしょうか。

澤:さっき言ったような内部告発などの場合、テレビにシルエットで出てくるというケースがないわけではありません。ただできるだけ避けるというのが現場の記者たちのこだわりという感じです。そのために非常に説得をしてますね。

速水:例えば裁判官というのは、パブリックな立場の職業の人間で権力を持っている。そこを批判、チェックすることが必要ですということなんですが、その立場であるとか、座っている権力の座を批判するのであるから、そこは名前じゃないんだということも言えるのかなとも思うんです。そこで個人を攻撃することというのは、まさに先ほどお伺いしたプライバシーの問題みたいなところかと思うんですが、その点はいかがでしょうか。


日本のコミュニティと実名報道

澤:二つの点から申し上げたいと思うんですね。一つは先ほども申し上げました検証の問題です。どんな情報も最終的には個人につきあたる。個人に当たらないと検証をしたりチェックをしたり掘り下げたりもできないと思うんですね。これは“こんなことをする人もいるね”という類型ではありません。具体的な事実の問題です。ということは、じゃあその人が前に何をやっていたのか、前の任地ではどうだったのか、あるいはどういうバックグラウンドがある人なのか。それを調べるということは、結局個人名に付き当たらない限り絶対にこれは不可能です。もう一つはコミュニティとして考えた時に、コミュニティメンバーの誰なのか、肩書きや属性で人を判断するんじゃなく、あくまで生身の個人なんです。これは大事なことだと思います。

速水:なるほど。もう一通ツイッターできているメッセージなんですが 「加害者の実名はさらされるだけで、何の関係もない親戚まで影響が及ぶのが日本のような気がする」という感想をいただいています。これちょっとわかるなと思ったのは、例えばアメリカで銃乱射事件が起きたといったときに、被害者の親が出てくるだけじゃなくて、加害者の親も普通にテレビの前でしゃべったりするじゃないですか。あれはある種の個人主義みたいなものがちゃんと確立していて、それでも出てくるんだという、ある種の公共意識みたいなものが関係している気がするんです。それが日本でできないのは、おそらく家族や親戚に攻撃が行くからという部分がある。パブリックというか、コミュニティという話の日本特有の部分なのかなという気はします。

澤:非常に深刻な問題ですね。加害者家族ということは、最近大きな支援のテーマにもなっています。ただ、情報を持った人がみんな加害者の家族を攻撃するというのは理由にならないことだと私は思います。具体的に責任があるという話ならば別ですけれども、そうじゃなければ、それは本当に八つ当たりもいいところですよね。そういうことをした人がもしいたら、その人を批判しなくちゃいけないと私は思います。

速水:なるほど。僕らが社会やコミュニティを作っていく時に何を重視するんだということが非常に曖昧になっている部分があるなと思うんですが、実名が知られたときに、コミュニティから攻撃を受けることが怖いということもあると思うんです。これって日本のコミュニティに特有のことかもしれないんですが、いかがでしょうか。

澤:本来、日本はすごく治安もいいんですね。

速水:そうなんですよね。殺人件数なんてびっくりするほど世界に比べても少ないですね。

澤:ところが総務省の調査がありまして、世の中の人は信用できますか?という問いに、アメリカ、イギリス、ドイツなんかは大体18~20%がYESです。日本は2.8%です。

速水:それは低いですね。如実に違いますね。

澤:やっぱり信用していなかったら、それは怖いですよ。

速水:信用するしない問題というのは共同体の根幹のような気がしますが、そこと実名匿名の問題、パブリックとプライバシーの部分、そして共同体と匿名主義みたいなもの、この議論は引き続き明日も澤さんにお付き合いいただきます。澤さん、ありがとうございました。

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