コロナ禍のダイアログ・イン・ザ・ダーク

2020年7月30日Slow News Report



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速水:Slow News Report 今日は伊藤詩織さんと一緒にお送りします。今夜のテーマは「コロナ禍のダイアログ・イン・ザ・ダーク」です。ダイアログ・イン・ザ・ダークとは暗闇空間で日常生活の様々なシーンを体験するエンターテインメントということなんですが、今僕らはスタジオの電気を消して送りしています。もちろん周囲では電気がついているんですが、ここをちょっと暗くしただけでも色々見えてくるものが違いますよね。僕は伊藤さんと向かい合って座っているんですけれども、伊藤さんの方からは窓の外の光景が見えるじゃないですか。

伊藤:そうなんです。綺麗な夜景と空が見えます!普段は気づかなかったものですね。

速水:まさにそういうことなのかなという気がしますが、改めてダイアログ・イン・ザ・ダークについてご紹介いただけますでしょうか。


ダイアログ・イン・ザ・ダークとは

伊藤:元々はドイツでスタートしたものなんですけれども、1988年にドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケさんの発案によって誕生しました。彼が大人になった時に初めてお母さんがユダヤ系で、それを隠していたということを知ったそうなんですが、どうして人は人種だけでここまで分断されてしまうんだろうと思っていたそうで、その矢先に、職場に目の見えない人が来たそうなんです。それで彼の家に行ったらすごく家がすごくスタイリッシュで驚いたそうです。また、ある日会議の際に電気を消してみたら、物凄く良い対話が社内でできたので、それがきっかけでスタートしたそうなんです。ですので、暗闇を提供するというよりは、対話をするためにそういった場を作るというものなんですね。だから暗闇の環境を提供するソーシャルエンターテイメントと思われがちなんですけれども、そうではなくて、一緒にいる人と対等になれる、自分が原点に戻れるような場を与えてくれる場所なんですよね。

速水:日常生活が暗闇の中でどう変わるかという中で、いちばん変わるのが人対人のコミュニケーションみたいなものですよね。やっぱり普段は言葉だけではなく、手振り身振りであったり、目に見ているいろんなものが加味された中でコミュニケーションをとっているんですけれども、それを一切なくした時に、ちょっと別のコミュニケーションが発生するというわけですね。実際にダイアログ・イン・ザ・ダークを伊藤さんご自身は体験されているんですよね。

伊藤:そうなんです。私は今年の2月頃に体験したんですけれども、靴を脱いでまずその空間に入ったんですよね。最初は8人くらいで、知ってる人もいるし初めての人も一緒に入ったんですけれども、やっぱり何も見えなくて分からないし、恐怖でいっぱいだし、白い杖を持って入るんですけれども、入った場所に小石が置いてあって、そこで初めて自分の足の中指が感じられたりだとか、本当に普段気づかないような感覚が少しずつ呼び起こされるような場所なんですよね。そこからいろんな体験をさせていただくんですけれども、いちばんは、やっぱり初対面の人にでも寄りかかっていいんだということですね。身を任せないとできない、助け合わないとできないというところなんです。

速水:これは順路みたいなものを進んでいくんですか。

伊藤:アテンドの方がいて、視覚障害を持った方が導いてくれるんですよね。

速水:本当に純度100%の暗闇って僕らは体験したことないと思うんですけれども、全く別物ですか。


暗闇がもたらすコミュニケーション

伊藤:本当に暗いんです。何か光の感覚、色の感覚というのが見えてる気がするんだけど、それはただ心の中で起こっているだけで、すごく不思議ですね。それでやっぱり音にすごく頼るようになるんですよね。ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験してから、暗闇で友人と話したりだとか、取材先でも仲良くなった人とちょっと暗闇でその話をしてみようということをやってみると、普段は話せないような、自分の心の中にしまいこんでしまうようなことも話せるようになるんですよね。やっぱり明るいと人の表情、リアクションを気にしてしまいますが、それが見えないと初対面でもいろんな話ができるんですよね。不思議ですね。

速水:先ほどの話だと8人くらい一緒に中に入るそうですが、中に知らない人がいて、進んでいく上ではその人達にも頼らざるを得なくなるという話なんですよね。

伊藤:彼らの声を頼りにして進むので、やっぱりそこは対等でいなければいけないというのがルールなんです。ですのでみんなあだ名で呼び合うんですよね。

速水:それはもともと誰が○○という設定を決めてから入るんですか。

伊藤:自分気に入っているあだ名だったり、普段親から呼ばれているあだ名だったりします。私はみんなから“しおりん”と呼んでもらうんですけれども、すごく心がほぐれるというか、とっても目上の人と一人一緒に入ったんですけども、彼らの事もあだ名で“しんちゃん”って呼ぶんです。

速水:対等を作るための実験であるという話がこの根本にあるという話なんですけれども、どっちが目上であるとか、どっちが高い服を着ているであるとか、僕の髪の毛がボサボサで“お前寝起きだろう”という情報とか(笑)、そこでは見えないわけですよね。そうなった時にある種の対等な状況が訪れるということですよね。

伊藤:そうですねとても心地いいですよ。

速水:逆に相手に偉ぶるような人にとってみると、すごく心細くなったりするのかなと思ったりもしますね。

伊藤:どうでしょうね。でもやっぱり見られない楽さというのも感じましたね。

速水:見られない楽さというのは、例えば外に出るときは化粧をしなきゃいけないとか、ちゃんとした格好をして行こうとか、ある種の社会的な制約から解き放たれるということでしょうか。

伊藤:そうですね。

速水:一方で僕らは視覚に9割頼っていると言われますけれども、そこで他の感覚が呼び起こされたりもするんですか。

伊藤:音だけじゃなくて、やっぱり空気の流れだったりだとか、匂いだったりだとか、それこそ本当に足の一つ一つの指だったりだとか、こんなにいろんなことを無視していたんだなということに気づかされますよね。

速水:足の指という話を聞いて思い出したエピソードがあって、「ロングバケーション」という木村拓哉さん主演の90年代のドラマがあるんですけれども、その中に足の中指って触ってみると薬指を触られている感覚がするという話があるんですよ。ちょっと一回試してみてください。足の中指の感覚って僕ら持ってないんですって。薬指を触られたような感覚がするそうなんです。それくらい僕らの感覚っていい加減で、普段の感覚って別のものに代替されていることがあって、暗闇の中だとそれが解き放たれるみたいなことがあるんだなという話なんです。メッセージを読みます。「ダイアログ・イン・ザ・ダークは2度行ったことがあります。一度は廃校を真っ暗にして、その中を探検しました。二度目はキラー通りの常設展で行きました。今までどれだけ目による情報に頼って物事を認知していたのか分からせてくれます。しかしながら視覚をあえてなくすことによって、これまで聞いたことがない、気づいたことがない音を認知し、どんどんこれまで使っていない感覚を呼び起こしてくれます。視覚でない情報で物事を考えるというのも、インテリアデザインの仕事をしている私にとって大変有意義な体験でした」というメッセージです。目が見えない方の家のインテリアがすごくスタイリッシュだったというお話を冒頭でされましたけれども、何かしら視覚を仕事にしている人たちにとっても、何か違う物の見方をもたらすみたいなこともあるんですね。後半お伺いしたいのは、新型コロナウイルスの感染拡大がダイアログ・イン・ザ・ダークにも影響を与えたということなんですけれども、これはどういうことですか。


ダイアログ・イン・ザ・“ライト”

伊藤:常設されている場所が今は閉鎖していまして、来月に「対話の森」という、ダーク
=暗闇と、サイレンス=聞こえない環境、そしてウィズタイム=高齢を体験できるミュージアムが できる予定だったんですが、それをさらに改革して、今年はダイアログ・イン・ザ・ダーク、“暗闇”ではなくダイアログ・イン・ザ・ライト“明るい”ところでダイアログをしようという全く別の試みが始まっているんです。

速水:真っ暗闇の中でのコミュニケーションをするという全く経験したことのない新しい環境がこのダイアログ・イン・ザ・ダークのコアな部分だと思うんですけれども、そこを明るくしてしまうと何が起こるんでしょうか。

伊藤:先ほど少しお話ししたように、ダイアログ・イン・ザ・ダークは暗闇を提供する場所ではないんですね。対話をできるだけフラットにする環境を提供している場所なんです。今まではその暗闇というのがものすごく良いツールだったんだけれども、もちろんコロナの状況のなか、ダークの場所がとても三密だったということで、やはり安心して体験できないとちゃんとした対話ができないということも考えられていました。あと、コロナによって、いろんな人とある意味対等になったいう状況が作られました。だからこそ今世の中がとても暗いダークな時に、灯台の光のように照らすような、何かそういった希望だったり、対話だったり、苦しいことも話していいんだよという場所を与えたいということで、今後どういう風に“ライト”でのエンターテインメントが提供できるのかということを、今回1ヶ月ほどずっと密着取材もさせて頂きました。今日もお話ししていたら、一人の視覚障害を持ったアテンドの方が、コロナの状況で人に声をかけていいのかということをすごく考えたそうなんです。でも、道を聞く時でも意外と声をかけてもらうことが今まで通りあったそうなんです。だからすごく嬉しくて、人はやっぱり変わらないものもあるんだなと思ったと言ってたんですよね。もちろん“ライト”の中でのチャレンジングだったりというところはあると思うんですけれども、どんな風に対話ができるようになるのかというところをすごく楽しみにしているそうです。ダイアログ・イン・ザ・ダークですと、ダークが終わってしまうと少し距離感を感じてしまうこともある。でもこのダークという世界を繰り返して、いずれそれが現実の世界にいっても普通に対話ができて、普通に一緒に生活ができるようになるというのが目標なので、今回そういった機会を与えてくれたことにすごくウキウキしていると言っていましたね。

速水:ダイアログ・イン・ザ・ダークは対等の場を作るために暗闇という装置を使うという試みだったわけなんですけれども、その環境に頼らなくても、明るい場所でも対等を作ってみたらどうなるかということが、図らずもこういうタイミングで向き合わざるを得なくなってしまったということなわけですね。確かに暗闇の中ではいろんな行動が変わるけれども、重要なのは対話だという話だったわけですよね。これ実際に“ライト”がある場所での対話って対等にする事はできるんでしょうか。

伊藤:アテンドの方々がいろんな知恵を持っていたり、本当に心を開いて接してくださるんですよね。だからきっと彼らに出会うことによって、他者との対話はもちろん、自分の内側の対話、自分が普段無視しているような感情との対話というのもあると思います。

速水:それを今取材されているということは、映像作品にされるわけですよね。以前から作品にしようと思っていたのですか。

伊藤:そうですね。ダークを経験した時から作品にしたいと思っていて、ただダークの中でこれをどう作品にするのか悩んでいたので、私にとっても、ライトになったということはよかったですね。

速水:ライトになったら画に映すことができるわけですが、そこも含めて作品の作り方自体も非常に面白いものがありますね。今お話をしていて思い出した作品で「バードボックス」というサンドラ・ブロックが主演の Netflix の2時間ドラマがあって、目を閉じなければ生き残れない状況というものがうまれるというストーリーなんですけれども、その中で全くの暗闇の中で子供を連れて逃げなきゃいけないお母さんの話というのがあって、その話を思い出しましたね。そばにいるんだけどお互い見えていないから逃げようにも逃げられないという、いろんな環境条件を変えた時点で何か想像がつかない対話が起こるということをうまくフィクションにしているんです。

伊藤:面白そう!見てみますね。この取材をしていてすごく印象的な会話があったんですけれども、アテンドの方々にとっての“ライト”って何という話になった時、一人の方が「私にとって見えなくなってから、ライトは光ではなく希望になった」っておっしゃったんですね。だから希望や人の暖かさを再確認できる本当のライト、光だけじゃない人間の放つライトということを彼らが語っているのを聞いて、なるほどなと思いました。

速水:「ライトとは何か」ということを考えるのもドキュメンタリー作品の大きなテーマになりそうですね。メッセージを読みます「ダイアログ・イン・ザ・ダーク。日本で始まった初期の頃に参加したことがあります。開催場所は旧赤坂小学校夜の学校がテーマで、一緒に行った友達とワクワクしながら参加しました。視覚障害の女性が案内して下さり、全く何も見えない暗闇の中で、体育館で5~6人でサッカーをしたり、音楽室でピアノを弾いたり、事務員室でジュースを飲んだりしました。案内の女性はどこに何があるのか五感全てを使って把握していて、友達にもそのやり方を教えてくださいました。普段とは違う感覚がとても不思議な感覚でしたが、夜の学校での高揚感、普段と違う自分の体、貴重な体験でした」というメッセージです。アテンドの方が凄い重要なんですね。

伊藤:そうなんです。もう暖かくて暖かくて、彼らから得るものが本当にすごく大きいですね。

速水:学校って想像がつきますよね。音楽室ってこうだったよなとか、体育館ってこうだったよなとかというところが、夜の学校だとわかるんだけどわからないみたいな感じがありますよね。

伊藤:でも子供の時はもっといろんな感覚を使って生きていたんだと思うんですよね。だから、小学校って意外と動きやすい所かもしれないですね。

速水:そうかもしれない。足の中指の感覚も、かつてはあったのに忘れていった感覚なのかなという気もしました。ダイアログ・イン・ザ・ライト、当初予定の7月14日ではなく8月23日に開業するということですね。

伊藤:今アテンドの方々が必死に準備されています。

速水:僕らも暗闇の中での放送という、これまでにない体験の元で番組をお送りしています。まだ夜景はきれいですか。

伊藤:綺麗です。私毎回これがいいな(笑)

速水:今夜は「コロナ禍のダイアログ・イン・ザ・ダーク」お送りしました。