「坂崎さんの番組」という番組

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パーソナリティ


坂崎幸之助

THE ALFEEの坂崎幸之助がパーソナリティ。メインとなる音楽コーナーでは様々な音楽ジャンルの“通”である彼が毎回テーマに沿った音楽特集を届ける。また、幅広い交友関係からゲストを招くこともある。

PROGRAM NO.2015-0025 6/18~6/22

2015/6/26 (金)10:34



坂番洋楽データファイル ディープ・パープル・スペシャル


改めてディープ・パープルを、と言った感じですが
こうして聞いてみると、メンバーが
こんなにも代わってるバンドも珍しいですなぁ。
それもメインのヴォーカリストやギタリストですから、
ウチで言えば高見沢や桜井がメンバーチェンジして
他の人が入る、ってな感じですよね。ありえねえ(笑)。



『坂番洋楽データファイル(略してSYDF)』第103回
「テ」で始まるアーティスト特集、

今回は≪ディープ・パープル・スペシャル≫!


『ディープ・パープル(Deep Purple)』

★1968年 イギリス・ハートフォードで結成された5人組。
 結成時のメンバーはキーボード「ジョン・ロード」、
 ギター「リッチー・ブラックモア」、ドラムス「イアン・ペイス」、
 ベース「ニック・シンパー」、ボーカル「ロッド・エヴァンス」。

 1968年5月 デビューアルバム『紫の世界(原題:shades of Deep Purple)』リリース。
 ここからシングルカットされたのが、アメリカのシンガーソングライター、
 ジョー・サウスが作った「ハッシュ」という曲のカバーバージョン。

   ♪ハッシュ(Hush)
    *1968年、全米チャートで最高4位。


★元々寄せ集めのバンドだったディープ・パープル。
 結成からわずか1年ほどで、リードボーカルの「ロッド・エヴァンス」と
 ベースの「ニック・シンパー」の2人が脱退。
 新メンバーとなったのは、ボーカル「イアン・ギラン」とベース「ロジャー・グローヴァー」。
 1970年 このメンバーで通算4枚目となるオリジナルアルバム
 『ディープ・パープル・イン・ロック(Deep Purple In Rock) 』発表。
 (全英アルバムチャート最高4位まで上昇)
 普通であればアルバムからシングルカットするんですが、
 レコード会社判断は「シングルにふさわしい曲がない」!
 そこで、彼らは精一杯のキャッチーなシングルをレコーディング。

   ♪ブラック・ナイト(Black Night)
    *1970年、全英シングルチャート2位を記録。
    *日本ではハードロックのシングルとして異例のヒット(約10万枚の売上)を記録。



★結成当初から、ロックとクラシックの融合を提唱する
 「ジョン・ロード」とハードロック路線を主張する「リッチー・ブラックモア」でしたが、
 「ブラック・ナイト」の成功でグループとしてはハードロック路線を選択。
 曲作りも「リッチー・ブラックモア」がメインで担当することになります。
 1971年アルバム『ファイアボール(Fireball)』発表。
 全英ではアルバムチャート初の1位。
 しかし、アメリカでは32位といった成績。
 そこで翌1972年、満を持して発表したのが名盤『マシン・ヘッド(Machine Head)』。

   ♪ハイウェイ・スター(Highway Star)
    *この曲を含む名盤『マシン・ヘッド』は全英で1位。全米でも最高7位を記録。



★『マシン・ヘッド』リリースの年、1972年8月に初の来日公演。
 そのLIVEの模様を録音した、ロックのライヴ盤としては歴史的な名盤
 『ライヴ・イン・ジャパン』からシングルカットされ大ヒットした曲が↓

   ♪スモーク・オン・ザ・ウォーター(Smoke On The Water)
    *1973年、全米4位を記録。
    *このアルバム、最初は日本限定発売でしたが翌1973年
      『メイド・イン・ジャパン(Made In Japan)』というタイトルで全世界発売。
      プラチナディスクに輝いています。



★1973年、『マシン・ヘッド』に続くスタジオ録音のアルバム
『紫の肖像(Who Do We Think We Are)』をリリース。本国イギリスのチャートでは4位を記録。

   ♪ウーマン・フロム・トーキョー(Woman From Tokyo)
    *1973年、全米60位。(イギリスではチャートインせず)



★1973年 2度目の来日公演のあと、ツアーによる疲労、元々からのメンバー間の不仲などが原因で
 「イアン・ギラン」と「ロジャー・グローヴァー」が脱退。
 すぐに、ベース「グレン・ヒューズ」が加入、しかしリードボーカルの人選は難航。
 元フリーの「ポール・ロジャース」に依頼しますが、彼が自分のバンド【バッド・カンパニー】を始めていたため断念。
 ついにはボーカリストの一般公募に踏み切ります。
 そして、4,000人以上といわれる応募者の中から当時は全くの無名だった
 「デイヴィッド・カヴァーデール」が選ばれ、第3期ディープ・パープルがスタート。
 1974年、新生ディープ・パープルとして最初のアルバム『紫の炎(Burn)』リリース。

   ♪紫の炎(Burn)
    *アルバム『紫の炎(Burn)』は全英3位、全米9位を記録。



★1975年4月 パリでのライヴを最後に、中心人物でオリジナルメンバーの
 「リッチー・ブラックモア」が脱退。 グループは大混乱に陥ります。
 そんな中、元ジェイムズ・ギャングのギタリストだった「トミー・ボーリン」が参加。
 このメンバーで、1枚のアルバムをリリース。
 しかし、その後1年足らずで「デイヴィッド・カヴァーデール」「トミー・ボーリン」「グレン・ヒューズ」といった、
 あとから参加したメンバー3人が脱退。
 残った「ジョン・ロード」と「イアン・ペイス」は事務所のスタッフと話し合い、“ディープ・パープル解散”を正式発表。



★時は過ぎ1984年、「ジョン・ロード」「リッチー・ブラックモア」「イアン・ペイス」
 「ロジャー・グローヴァー」「イアン・ギラン」という黄金期のメンバーが集結。
 ディープ・パープルが再結成されました。
 そして再結成第1弾アルバム『パーフェクト・ストレンジャーズ』リリース。

   ♪ノッキング・アット・ユア・バック・ドア(Knocking At Your Back Door)
    *アルバム『パーフェクト・ストレンジャーズ』は全英5位、全米17位を記録。



★このあと、ボーカルに「ジョー・リン・ターナー」が入ったり、「イアン・ギラン」が出戻ったり、
 ギタリストが「ブラックモア」から「ジョー・サトリアーニ」「スティーヴ・モーズ」になったり、
 キーボードも「ドン・エイリー」に交替しつつも、ディープ・パープル活動は続いています。




次回「坂崎さんの番組」という番組
ゲスト:松尾一彦さん







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