心の安らぎや健康長寿がかなう「会津ころり三観音」の一つ、中田観音

放送後記




今回は「会津の三十三観音めぐり~巡礼を通して観た往時の会津の文化~」と題された福島県の日本遺産の中から:中田観音をご紹介しました。

三十三の姿に体を変えて人々を救うといわれる観音信仰から、平安時代に始まったとされる三十三観音巡り。
会津の三十三観音巡りは、1643年、会津藩主保科正之によって始められたと言われています。

会津三十三観音の中でも、特に古くから人気を集めているのが「会津ころり三観音」。
巡礼する事で、心の安らぎや健康長寿がかなうと言われていますが、その三観音のうちの一つが、今回ご紹介した中田観音。
会津美里町の北部、弘安寺に祀られています。


1274年、その土地の富豪・江川長者が、17歳の若さで亡くなった娘の供養のために建立した、といわれています。
木で造られたものが多い仏像の中で、鎌倉時代に“銅で”造られた仏像という珍しさと、写実的な完成度から、国の重要指定文化財にもなっています。



野口(のぐち)英世(ひでよ)の母、シカが、息子の無事と立身出世のために何度も祈願した事でも有名です。

また堂内には「だきつき柱」という太い柱が立っています。
この柱は、中田観音の身代わりとして建てられた柱で、観音様を信じる人が抱きつけば、その願いがかなうとされています。


当時の人の願いとは「丈夫で働く事が出来、もし死の床についた時も長患(ながわずら)いしないで、ゆっくり楽に往生できますように」というものだったそうです。

今月から来年の2月まで観音堂は改修工事に入っており、
現在参拝する事ができませんが、観音様を作る時に使った土が入ったお守りの購入は可能です。「どこに行っても無事に我が家に帰ってくる事が出来る」というご利益があるので、お求めになってはいかがでしょう。

ぜひ、あなたも日本遺産へ。新たな日本の魅力を再発見してくださいね。