第84回
ゲストは、浄土真宗東本願寺派
緑泉寺の住職、青江覚峰さん。
収録の時は、作務衣を着用されていた青江さん。
「お寺でいうところの、ジャージですね。
お食事作ったり、お掃除したり、
そういう日常の業務を行う服です。」
青江さんが住職を務める緑泉寺は、
浅草にあり、青江さんの生家でもあります。
しかし、青江さんは、
カリフォルニア州立大学フレズノ校で、
MBAを取得されています。
「一言で言えば、継たくなかったんです。
家業がある人間がかかる、
はしか、みたいなもので。
継がないためには、海外に行けばいいんだって
思って、アメリカで一生を過ごそうと。」
青江さんがアメリカに滞在されていたのは、
2000年~2003年。
当時、2001年にはアメリカ同時多発テロが起こりました。
多くの方が犠牲になり、青江さんの友人も被害にあいました。
「お金を稼いで、ルートに乗った自分がかっこいいと
思っていたんですけど、それが崩れたんです。
いつどこで、人生が終わるかわからない。
そう思ったら、生き辛いなって思ったんです。」
その時、”自分は何者なんだろう”と考え、
日本人であるというところに行き着いたそう。
「日本人の文化的背景である、仏教や神道を
僕は食わず嫌いをして、お寺を継がなかった。
でも、改めて、これを知らないと、
次のステップに進めない、と思ったんです」
青江さんは、その後帰国。住職になられました。
「同じようなことを、311の震災で代表の友光が感じて。
お寺では、神社では、何ができるのだろう、と考え
寺社フェスを企画したんです」
そんな青江さんは、料理僧でもあり、
食育にも取り組まれています。
料理僧とは、青江さんが作った造語です。
「小学校1年生の夢は、コックさんでした。
小学校6年生のときに、お坊さんになりますに変わったんですよ、、笑」
もともと僧侶というものは、話したり書いたり、
言葉で仏教を伝えるものです。
しかし、俳句と通して仏教を伝えていた、句佛上人の生き方に感銘を受け、
自分の得意な分野で仏教を伝えていいのだ、と感じたそう。
「じゃあ自分にとっての表現のツールは、料理だ、と思って。
料理を通じて、仏教を感じ、味わっていただきたい。」
M1. 10 Years After / 福耳
M2. God Only Knows / Joss Stone
M3. In Heaven / Gregory Porter